親友交歓
本文約14,700字 ・ 読了時間 約30分
あらすじ(AIが作成しました)
昭和二十一年の九月、津軽の生家に避難する太宰治を、小学校時代の同級生である農夫の平田が突然訪問する。平田は高圧的に酒を要求し、架空の喧嘩話や自身の家柄について語り、強引にウイスキーをねだる。無礼で不可解な言動を繰り返す平田に対し、筆者は嫌悪と困惑を覚えながらも応対し続ける。半日に及ぶ交流の末、帰宅する平田は玄関先で筆者の耳元に「威張るな!」と囁き、去っていく。本作は、この奇妙な親友との対話を通じて、人間の新しいタイプを描く。
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昭和二十一年の九月のはじめに、私は、或る男の訪問を受けた。
この事件は、ほとんど全く、ロマンチックではないし、また、いっこうに、ジャアナリスチックでも無いのであるが、しかし、私の胸に於いて、私の死ぬるまで消し難い痕跡を残すのではあるまいか、と思われる、そのような妙に、やりきれない事件なのである。
事件。
しかし、やっぱり、事件といっては大袈裟かも知れない。私は或る男と二人で酒を飲み、別段、喧嘩も何も無く、そうして少くとも外見に於いては和気藹々裡に別れたというだけの出来事なのである。それでも、私にはどうしても、ゆるがせに出来ぬ重大事のような気がしてならぬのである。
とにかくそれは、見事な男であった。あっぱれな奴であった。好いところが一つもみじんも無かった。
私は昨年罹災して、この津軽の生家に避難して来て、ほとんど毎日、神妙らしく奥の部屋に閉じこもり、時たまこの地方の何々文化会とか、何々同志会とかいうところから講演しに来い、または、座談会に出席せよなどと言われる事があっても、「他にもっと適当な講師がたくさんいる筈です」と答えて断り、こっそりひとりで寝酒など飲んで寝る、というやや贋隠者のあけくれにも似たる生活をしているのだけれども、それ以前の十五年間の東京生活に於いては、最下等の居酒屋に出入りして最下等の酒を飲み、所謂最下等の人物たちと語り合っていたものであって、たいていの無頼漢には驚かなくなっているのである。しかし、あの男には呆れた。とにかく、ずば抜けていやがった。
九月のはじめ、私は昼食をすませて、母屋の常居という部屋で、ひとりぼんやり煙草を吸っていたら、野良着姿の大きな親爺が玄関のたたきにのっそり立って、
「やあ」と言った。
それがすなわち、問題の「親友」であったのである。