TRENDIA CLASSIC
跡
尾形亀之助
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過ぎてしまつたことは、あきらめなければならないやうな心残りがあるとしてもどうにもしかたがないのだからしまつがいゝ。又、ざまあみろとばかりに、地の中へ込んでしまつたやうな「去年」に舌を出すのも一興であるかも知れない。私は今郷里へ帰つて火燵に入つてゐる。下半身は温いが背なかゞ寒い。
過ぎてしまつたその年がよい年であつたにしてもわるい年であつたにしても、私は自分の生活に進歩などといふものがあるとは思つてゐないのだから「去年」をどうかう言ふつもりは更にない。たよりないことだが「今年こそ……」などと力むほど腹に力がない。自分がこの一ヶ年(勿論それ以前から)暮して来たにはちがひないが、何もかもはつきりとしてゐない。大概のことは忘れてしまつてゐるが、忘れそびれてゐることがらもある。で、その二、三を書きつけて序に忘れてしまはふ。さうすればもう「去年」を誰へ呉れてもいゝ。
全く、生きてゐることがなかなかめんどうなのはわかりきつてゐるが、それかと言つて何時まで生てゐるものか自分のことながら不明だ。
「全詩人聯合はその後どうなつたか」
私は全詩人聯合の第一号発刊の直後から事務をとらなかつたばかりでなく、その後の状態にも通じてゐないわけがあるのだけれどもくはしく述べることが出来ない。丁度その時事情があつて私は妻と別れたのだ、私は家をたゝむ前に単身家から逃げ出してゐた。突然に起つたことなので、他の世話人へ事務を引きついだこと以外に何もしなくつてもいゝと思つたのだ。
そして、妻とのことの一切の結末をつけて上京したのが七月の初めであつたが、しばらくは出歩く気もちにはなれなかつた。詩集などをもらつてもお礼さへしなかつたこともあると思ふ。私の手もとへとどかなかつた郵便物もあつたらう。
かんべんしてもらひたい。
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