早春雑記
本文約1,400字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
庭に迷い込む鶏の様子や雨の日の静かな心象風景、受け取った主人心得の八ヶ条、そして夢の中の出来事など、日常の断片を綴る。また、自身の詩作が短篇的な傾向を強めていることについて言及し、詩という形式に対する独自の考えを提示する。早春の移ろいの中で流れる穏やかな時間と、日々の些細な事柄に対する思索を収める随筆集である。
💰 この本を応援する(投げ銭)
毎日のやうに隣りの鶏が庭へ入つて来る。
鶏が書斎の前をいそいで通るので、いかにも跣足で歩いてゐるやうな恰好をする。羽や鳥冠が立派で、その上雄鶏などはすましてゐるやうな様子をしてゐるので可笑しい。
彼等の中に一匹奇妙な鳴声をする雌がゐる。
四五日前から地つづきに家主が家を建てゝゐる。今日は午後から曇つて、夕暮から雨になつた。
×
又春が来る。なげつぱなしにして置いた季節が何処からか又帰つて来た。去年の春にまつはる不幸な感情を忘れたふりをして一年過ぎた。
私はその人の写真をもつてゐない。見てゐる空いつぱいに広がる感情をどう縮めることも出来ない。
細い月が出てゐる。一日西風が吹いて夜になつた。
夢のやうな夕暮であつた。
私はあなたに手紙を書かうとは思はない。はつきりした感情であなたを考へたくはない。
私はただ夕暮を見てゐただけでいゝ。
何時まで私はこんなことを考へてゐるのか。
泣くと、ほんとうに涙が出る。今年はあと幾ヶ月あるかといふやうなことをきいても誰もとり合つては呉れまい。
×
一、主人を除く家人は、午後十時、事の如何を問はず休息のこと。 一、主人の権威を以つても、休息中の家人を起すことを禁ず。 一、但し、地球の軸をまはす時はこの限りにあらず。 一、主人は、家人に対し、言動行動を丁重にすべきこと。 一、妹を尊敬すべきこと。 一、酒を節して、庭に樹木を植えること。 一、来客を選びて酒食を共にすること。 一、最も大切なるは女房を「おかみさん」と呼び、愛することを怠らざること。
以上八ヶ条を主人心得として普九さんから頂戴した。
昨夜、妻が私の欲しがつてゐた色々の家具を買つて来た夢をみた。部屋に飾つてみるとみなところどころ毀れてゐた、妻は「途中の運搬がわるかつたからで、買つたときは毀れてゐなかつた」と言つてゐるところであつた。
私は、あてのない散歩はどうしても出来ないし、出来るだけ外出しまいと思つてゐるので、不機嫌な顔をして家にばかりゐる。
庭には、隅に一本細い桐があるだけである。
×