(第一信) 岩見沢にて
一月十九日。雪。
僅か三時間許りしか眠らなかつたので、眠いこと話にならぬ。頬を脹らして顔を洗つて居ると、頼んで置いた車夫が橇を牽いて来た。車夫が橇を牽くとは、北海道を知らぬ人には解りツこのない事だ。そこ/\に朝飯を済まして橇に乗る。いくら踏反返つて見ても、徒歩で歩く人々に見下ろされる。気の毒ながら威張つた甲斐がない。
中央小樽駅に着きは着いたが、少しの加減で午前九時の下り列車に乗後れて了つた。仕方なさに東泉先生のお宅へ行つて、次の汽車を待つことにする。馳せ参ずる人二人三人。暖炉に火を入れてイザ取敢へずと盃が廻りはじめる。不調法の自分は頻りに煙草を吹かす。話はそれからこれへと続いたが就中の大問題は僕の頭であつた。知らぬ人は知るまいが、自分の頭は、昨年十一月の初め鬼舐頭病といふのに取付かれたので、今猶直径一寸余の禿が、無慮三つ四つ、大きくもない頭に散在して居る。東泉先生曰く、君の頭は植林地か、それとも開墾地か、後者だとすれば着々成功して居るが、植林の方だと甚だ以て不成績ぢやないか!
火を入れた暖炉の真赤になる迄火勢のよくなつた時は、人々の顔もどうやらほんのりと色づいて居た。今度こそは乗遅れぬやうにと再び停車場に駆け付ける。手にした切符は、
「ちうおうおたるよりくしろまで」
客が少くて、殊に二等室は緩りとしたもの。汽笛の鳴る迄を先生は汽車衝突の話をされる。それは戦役当時の事であつたとか。先生自身と外に一人を除いては皆軍人許り、ヒヨウと気たたましい非常汽笛が鳴ると、指揮官の少尉殿は忽ち「伏せツ」と号令を下した、軍人は皆バタ/\と床に伏した。そのため、機関車は壊れ死傷者も数多くあつたけれど、この一室中の人許りは誰一人微傷だもしなかつたと云ふ。汽車に乗つたから汽車衝突の話をするとは誠にうまい事と自分はひそかに考へた、そして又、衝突なり雪埋なり、何かしらこんどの旅行記を賑はすべき事件が、釧路まで行くうちに起つて呉れゝばよいがと、人に知らされぬ危険な事を思ふ。