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TORENDIA

郁雨に與ふ

本文約7,600字 ・ 読了時間 約16分

あらすじ(AIが作成しました)

病を得て大学病院に入院した著者が、知人である郁雨宛に綴った書簡。忙しい生活から離れ、安らぎを求めて病院の寝台に身を置く心境や、慢性腹膜炎を患いながらも病院で過ごす日常を冷静かつ皮肉な視点で見つめる。日々重くなる腹部の症状や、病院生活の中で見る奇妙な夢の数々、そして自身の死生観や人間臭い葛藤を記し、不意に高熱に襲われ筆を擱くまでの日々を率直に描写する。

石川啄木

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一

郁雨君足下。

函館日々新聞及び君が予の一歌集に向つて與へられた深大の厚意は、予の今茲に改めて滿腔の感謝を捧ぐる所である。自分の受けた好意を自分で批評するも妙な譯ではあるが、實際あれ丈の好意を其著述に對して表された者は、誰しも先づ其の眞實の感謝を言ひ現はすに當つて、自己の有する語彙の貧しさを嘆かずにはゐられまい。函館は予の北海放浪の最初の記念の土地であつた。さうしてまた最後の記念の土地であつた。予は函館にゐる間、心ゆくばかり函館を愛しまた愛された。予と函館との關係が予と如何なる土地との關係よりも温かであつた事、今猶ある事は、君も承認してくれるに違ひない。予もまた常に一つの悲しみ……其温かい關係の續いてゐるのは、予が予自分の爲にでなく、火事といふ全く偶然の出來事の爲に去つたからだといふ悲しみを以て、その關係を了解し、追想し感謝してゐる。隨つて、予は予の一歌集を公にするに當つても、心ひそかに或好意をその懷しき土地に期待してゐたことは、此處に白状するを辭せざる所である。しかも其好意の愈々事實として現はるゝに及んで、予は遂に予の有する語彙の如何に感謝の辭に貧しいかを嘆かずにはゐられなかつた。予は彼の君の長い/\親切な批評と、それから彼の廣告の載つた新聞を友人に示した時の子供らしい誇りをも、單に子供らしいといふことに依つて思ひ捨てたくはなかつたのである。……然し此事に就いては既に君に、又大硯君にも書き送つた筈である。それに對する君の返事も受取つてゐる。予はもうこれ以上に予に取つて極めて不慣れなる御禮の言葉を繰返すことを止めよう。

さて予は今君に告ぐべき一つの喜びを持つてゐる。それは外ではない。予が現在かういふ長い手紙を君に書き送り得る境遇にゐるといふ事である。予は嘗て病氣……なるべく痛くも苦しくもない病氣をして、半月なり一月なり病院といふものに入つて見たいと眞面目に思つたことがあつた。蓋し病氣にでもなる外には、予は予の忙がしい生活の壓迫から一日の休息をも見出すことが出來なかつたのである。予は予のかういふ弱い心を殊更に人に告げたいとは思はない。

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