TRENDIA CLASSIC
蛙
芥川龍之介
1 / 2
自分の今寝ころんでゐる側に、古い池があつて、そこに蛙が沢山ゐる。
池のまはりには、一面に芦や蒲が茂つてゐる。その芦や蒲の向うには、背の高い白楊の並木が、品よく風に戦いでゐる。その又向うには、静な夏の空があつて、そこには何時も細い、硝子のかけのやうな雲が光つてゐる。さうしてそれらが皆、実際よりも遙に美しく、池の水に映つてゐる。
蛙はその池の中で、永い一日を飽きず、ころろ、かららと鳴きくらしてゐる。ちよいと聞くと、それが唯ころろ、かららとしか聞えない。が、実は盛に議論を闘してゐるのである。蛙が口をきくのは、何もイソツプの時代ばかりと限つてゐる訳ではない。
中でも芦の葉の上にゐる蛙は、大学教授のやうな態度でこんなことを云つた。
「水は何の為にあるか。我々蛙の泳ぐ為にあるのである。虫は何の為にゐるか。我々蛙の食ふ為にゐるのである。」
「ヒヤア、ヒヤア」と、池中の蛙が声をかけた。空と艸木との映つた池の水面が、殆埋る位な蛙だから、賛成の声も勿論大したものである。丁度その時、白楊の根元に眠つてゐた蛇は、このやかましいころろ、かららの声で眼をさました。さうして、鎌首をもたげながら、池の方へ眼をやつて、まだ眠むさうに舌なめづりをした。
「土は何の為にあるか。艸木を生やす為にあるのである。では、艸木は何の為にあるか。我々蛙に影を与へる為にあるのである。従つて、全大地は我々蛙の為にあるのではないか。」
「ヒヤア、ヒヤア。」
蛇は、二度目の賛成の声を聞くと、急に体を鞭のやうにぴんとさせた。それから、そろそろ芦の中へ這ひこみながら、黒い眼をかがやかせて、注意深く池の中の様子を窺つた。
芦の葉の上の蛙は、依然として、大きな口をあけながら、辯じてゐる。
芥川龍之介の他の作品
TRENDIA CLASSIC
内田百間氏
芥川龍之介
内田百間氏
芥川龍之介 ・ 約2分
TRENDIA CLASSIC
剛才人と柔才人
と
芥川龍之介
剛才人と柔才人と
芥川龍之介 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
「支那游記」自
序
芥川龍之介
「支那游記」自序
芥川龍之介 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
「侏儒の言葉」
の序
芥川龍之介
「侏儒の言葉」の序
芥川龍之介 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
装幀に就いての
私の意見
芥川龍之介
装幀に就いての私の意見
芥川龍之介 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
出来上った人
芥川龍之介
出来上った人
芥川龍之介 ・ 約2分
TRENDIA CLASSIC
夏目先生と滝田
さん
芥川龍之介
夏目先生と滝田さん
芥川龍之介 ・ 約2分
TRENDIA CLASSIC
二人の紅毛畫家
芥川龍之介
二人の紅毛畫家
芥川龍之介 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
亦一説?
芥川龍之介
亦一説?
芥川龍之介 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
無題
芥川龍之介
無題
芥川龍之介 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
森先生
芥川龍之介
森先生
芥川龍之介 ・ 約2分
TRENDIA CLASSIC
臘梅
芥川龍之介
臘梅
芥川龍之介 ・ 約1分