修道院の秋
本文約11,800字 ・ 読了時間 約24分
あらすじ(AIが作成しました)
函館から出帆した船上で、北海道旅行の帰路にある私は、トラピスト修道院を訪ねる商人のKと出会う。修道士たちの徹底した祈祷や沈黙、労働といった禁欲的な生活を想像し、宗教的隠遁と世俗的な生き方の間で揺れ動く私は、人間としての真の安らぎとは何かと思索する。修道院で目にした厳格な世界と、社会の中で生きる人間本来の温かさへの問いを抱きながら、旅人は自分自身の矛盾や不安と向き合い、再び現実の生活へと歩みを進める。
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「好いかよう……」
と、若い水夫の一人が、間延びのした太い聲で叫びながら船尾の纜を放すと、鈍い汽笛がまどろむやうに海面を掠めて、船は靜かに函館の舊棧橋を離れた。
港の上にはまだ冷冷とした朝靄が罩め渡つて、雨上りの秋空は憂ひ氣に暗んでゐた。騷がしい揚錨機の音、出帆の相圖の笛の響などが、その重く沈んだ朝の空氣を顫はしながら聞える。蒼黒く濁つた海は果敢ない空の明るみを波の背に映しながら、絶えず往き來する小蒸汽の蹴波に搖いでゐた。時時白い鴎の群が水を滑るやうに低く飛んで、さつと身を飜しては船の陰に隱れる。そして何時の間にか雪を散らしたやうな點になつて、遠くの波の間にふんはりと浮ぶ。荷役に忙しい樺太や釧路通ひの汽船や、白いペンキの醜く剥げ落ちた帆船の中には、舷の低い捕鯨船の疲れたやうな姿が横はつてゐる。私の船はその間を緩かに進んで行つた。
眼に映るすべては、秋の訪れ速かな北國の寂しい朝の姿であつた。港を包む遠近の山の頂には冷たい色の雲が流れて、その暗い陰影に劃られた山山の襞には憂欝と冷酷の色が深く刻まれてあつた。北國の旅人はその自然に對して何等の親しみも温みも感じることが出來ない。時には世に反く孤高の聖者の如く、時には荒み果てた心冷かな廢人の如く、北國の自然は常に彼と離れて立つてゐる。彼は孤獨を感じる。そして自然と人との間に近づき難いやうな壁のあることを意識する。美しさがあつても、輝きがあつても、それは大理石の刻像のやうに血がない熱がない。山を仰いでも海を眺めても、北國の旅人の心に迫るものは、常に云ひ知れぬ空虚と寂寞の感じである。
私は昨夜の雨に濡れた船首の甲板の上に立ちながら、そんなことを考へてゐた。そして所在なきままに煙草に火を點けては、しきりなく吸つた。