死の接吻
本文約16,600字 ・ 読了時間 約34分
あらすじ(AIが作成しました)
ストックホルム近郊のモルトナス島で、老人夫婦らが惨殺される事件が発生する。現場を訪れた農夫の通報により警察が捜査に乗り出すが、やがて事件は百万円長者であるフォン・シイドウ男爵家へと繋がっていく。父からの金銭的支援を絶たれた若男爵フレデリックは、借金返済の窮地に追い込まれ、狂気の中で一家惨殺という悲劇を引き起こす。本作は、血と欲望に塗れた若き貴族夫婦が辿る破滅と、その異常な犯行の背景に潜む宿命を描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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猫の唸聲
「ふウん、臺所に電氣がついてる‥‥」
凍りついた雪の道に思はず足を止めて、若い農夫のカアルソンは宵闇の中に黒く浮んでゐる二階建の別荘の方へおびえたやうな視線を投げた。
千九百三十二年三月四日、ちやうど金曜の晩のこと、ストツクホルムから程近いモルトナス島のゼッテルベルグ老人の別荘へ昨日から度々電話を掛けてみるのだが一向に返答がない、日頃からごく懇意にしてゐる老人のことなのでひどく氣に掛かつて、その日の仕事をやつと片附けると、カアルソンは自分の農場から一マイルほどの道を大急ぎで駈けつけて來たのだつた。
別荘は玄關にも裏口にも固く錠が降りてゐた。そして、扉を叩いてみても、中はしいんと鎭まり返つてゐた。
「今晩は、今晩は‥‥」
さすがに胸騷ぎを感じながら、カアルソンは二三度大聲に呼んでみた。が、答へるのは自分の聲の木魂ばかり‥‥。
カアルソンは何とはなしにぞつとした。老人夫婦がこんな宵の内に家を締めるなどは今までにないことだ。それに、かちかちに凍りついた物干綱にさがつてゐるあの洗濯物! それは一昨日訪ねて來た時とそつくりそのままではないか?
「こいつアただ事ぢやないぞ。」
さう呟くと、カアルソンはもう夢中で駈け出した。そして、老人が毎日牛乳を買ひに行く、すぐ近所の農夫仲間ロフベルグの家の門口をやけに叩いた。
「己アたつた今ゼツテルベルグさんのところを訪ねて來たんだが‥‥」
と、カアルソンは息を切らしながら、
「と、ところが、臺所にやアちやんと電氣がついてるのに、うんともすんとも返答がないんだよ。」
「ヘエ、そりや妙だな。」
と、ロフベルグも怪訝らしい顏附で、
「實ア己も何か變つたことがあるんぢやないかと思つてたとこさ。と言ふのは、一昨日ちやアんと牛乳を買ひに來なすつたあのお年寄が昨日も來なさらねエし、今日もまだなんだよ。何しろ奧さんの怪我はまだ治らねエ筈だから、家中でストックホルムへ行きなさる譯アなしね。」
「そ、さうだとも‥‥」
不安な樣子でカアルソンは相槌打つた。