文壇球突物語
本文約4,200字 ・ 読了時間 約9分
あらすじ(AIが作成しました)
球突に魅了された著者が、自身の熱中した経験と球突を通じた文壇の知人たちとの交流を綴る随筆である。二十一歳で球突に出会い、練習を重ねて上達した著者は、気分次第で実力が左右される自身の本性や、球突場での勝負に一喜一憂した日々を回想する。また、作家や画家である里見弴、久保田万太郎、豊島与志雄、岩野泡鳴、小宮豊隆、和田英作らと対戦した際の突き振りの印象や個性を記し、球突という趣味が持つ独特の魅力と奥深さを論じる。
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球突の球の響
アントン・チエエホフの名戯曲「櫻の園」の第三幕目の舞台の左奧手には球突塲がある心になつてゐる。舞台はいふまでもなく櫻の園の女主人ラアネフスカヤの邸宅の廣間で、時は春の夜、その地方の名家もやがて沒落といふ悲しい運命の前にあるのだが、そこにはロシヤのいはゆる「千八百八十年代の知識階級」である處のラアネフスカヤを初め、老若の男女達の十余人が集まつて舞踏に興じてゐる。然し、さすがにどことなく哀愁にみちた空氣。間もなく邸宅にいよいよ買手がついたといふ話が傳はつて、ラアネフスカヤが悲しみに打たれて卒倒する塲面となつてくるのであるがその間裏手からカチン、カチインと絶※[#変体仮名え、11-一-18]ず聞※[#変体仮名え、11-一-18]てくる球突の球の響きはさういふ塲面の空氣と對應して、いかにも感じの美しい、何ともいへない舞台効果をなしてゐる。いつたい「櫻の園」には第一幕の汽車の音、第二幕のギタアの音色、第四幕の終りの櫻の木を切り倒す斧の響きなどと、塲面々々の感じと相俟つて音響の効果が實に巧に用ゐられてゐるが、私の狹い知識の範圍では、戯曲に球突の球の響きなどを用ゐたのはひとりチエエホフあるのみのやうである。
里見、久保田、豊島氏の球突
これも私の讀んだだけの範圍でいへば、日本では里見さん、久保田万太郎さん、豐島與志雄さんがいづれも短篇小説の中に球突塲を題材にしてゐる。朧氣な記憶を辿れば、久保田さんのは私も二三度一緒に行つた事のある、淺草の十二階近所の球突塲を背景にしたもので、そこに久保田さん獨特の義理人情の世界を扱つてあつたやうに思ふ。[#「思ふ。」は底本では「思ふ」]里見さんのは確か修善寺あたりの球突塲を題材にしたもので、そこに集まつてくる温泉客や町の常連の球突振そのものを例の鮮かな筆致で描いてあつたかと思ふ。豐島さんのは今はもう忘れてしまつたが、とにかく球突塲といふものはちよつと變つた人間的空氣の漂ふもので球の響きの内には時とすると妙に胸底に沁みわたるやうな一種の神祕感が感じられる。扱方によつては面白い小説も書けやうといふものである。
私自身の球突稽古