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TORENDIA

北信早春譜

本文約2,100字 ・ 読了時間 約5分

あらすじ(AIが作成しました)

碓氷を越えて軽井沢、佐久平、上田、須坂、そして湯田中へと向かう北信への旅路を綴る。早春の陽光が差し込む上州平野から、雪深い冬の景色が広がる信州へと移動する中で、大気や自然に見え隠れする春の兆しを丁寧に観察する。道中、千曲川の畔で見つけた小さな陽炎や、雪の中で刈り残された杞柳の群生に目を留める。旅の目的地である温泉宿に到着し、湯殿で経験した不思議な寒冷の情景など、季節の境界を往来する旅の風情を生き生きと描く。

野上豐一郎

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🎧 北信早春譜 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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碓氷を越すと一面の雪で、急に冬へ逆戻りしたやうな感じであつた。さつきまでぽかぽかと早春の陽光を浴びながら上州平野を通つてゐた時とは、まるでちがつた心がまへにならないではゐられなかつた。輕井澤のプラットフォームに飛び下りて、蕎麥のどんぶりを抱へて湯氣を吹き吹き食つてゐる人たちは、皆外套の襟を立てて首をすくめてゐる。毎夏顏なじみの赤帽の爺は、無精鬚を伸ばして、われわれの車の前にぽつねんと立つてゐるけれども、誰も荷物を頼む降車客はない。

淺間は晴れた青空を背景にして、麓まで眞つ白になつて聳えてをり、その眞つ白な斜面の上を、日に照らされた噴煙の影が薄黄いろく這つてゐるのが、陽炎の搖曳の如く見えるのも、その下の方のそこここに群生してゐる落葉松の梢が、或る種類の灌木帶の芽立を思はせるやうに赤つぽく煙つて見えるのも、大氣の中には春がすでに動いてゐるからであらう。

しかし、地上の冬の頑固なこだはりは、ここいらでは思つた以上にまだ執つこく、少くとも積雪の分量は標高の大小には因らないものと見え、われわれの列車が次第に佐久平を下の方へ降つて行くにしたがつて雪消の度合は却つて少く、小諸あたりまでは、輕井澤附近と同じやうに、畑の畝が目だつほどに雪が薄くなつて、ところどころ土の肌さへ見えてゐたのに、もつと降つて上田邊へ來ると、畑も田も深深と雪に埋もれて、どれが畑だか、どれが田だかも、わかちかねる有樣だつた。家家の屋根にも、垣根にも、木の枝にも、雪が厚く殘つてゐた。

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