「草衣集」はしがき
本文約1,000字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
昭和十三年に刊行された本書は、著者初の随筆集であり、主に旅行の印象記を収める。執筆者自身の旅行は用事に付随するものが多く、対象を観察する際には、自然の景観よりも人間に対する興味が中心となる。また、現代の文化批判よりも過去の文化に対する憧憬が強く表れていることを綴る。本書は支那事変の勃発から南京陥落、さらに徐州攻略が報じられる激動の期間を経て出版に至るまで、当時の時代背景と自身の反省が記される。
💰 この本を応援する(投げ銭)
『草衣集』は私の最初の隨筆集である。此の中に收められてあるやうな種類のものは、以前からかなりたくさん書いたものであるが、舊いものは後になつて見ると、自分の未成熟の昔の姿を見るやうで、たまに人に勸められてもまとめて本にするやうな氣にもなれず、自分の過ぎ去つた月日と共に、忘却の中へ過ぎ去らしてよいものだと思つてゐた。ところが物ずきな人があつて、とうとう斯んなものを私に作らした。
此の中に集められてあるものは、「九月一日」と「湖水めぐり」以外は、比較的新らしく書いたもので、主として旅行の印象記である。私は旅行することは決してきらひではないが、出かけるまでが何となく氣おもで、隨つてあまり多く旅行してゐない。旅行するにしても、たいがい用事を持つた旅行で、漫然と自然の景觀を樂しむための旅行といふものはめつたにしなかつた。三年前友人に誘はれて朝鮮へ行つたぐらゐのものである。それもかうまとめて讀み返して見ると、自然に對する興味よりも人間に對する興味の方が主になつて居ることに氣づき、自分ながらよくよく俗に生れついたことに感心してゐる。俗も大俗であればまた以つておもしろいのであるが、私のは俗も甚だ貧弱な俗で、人間の興味といつても、ややもすれば囘顧的になりがちで、現代の文化の批判といつたやうな態度よりも、過去の文化に對する憧憬といつたやうな形になりがちであることに氣づく。これは私事であるが、かうまとめて見て些か自ら反省するところがあるので書き留めて置く。