TRENDIA CLASSIC

赤痢

石川啄木

1 / 19

凹凸の石高路 その往還を左右から挾んだ低い茅葺屋根が、凡そ六七十もあらう。何の家も、何の家も、古びて、穢なくて、壁が落ちて、柱が歪んで、隣々に倒り合つて辛々支へてる樣に見える。家の中には生木の薪を焚く煙が、物の置所も分明ならぬ程に燻つて、それが、日一日破風と誘ひ合つては、腐れた屋根に這つてゐる。兩側の狹い淺い溝には、襤褸片や葫蘿蔔の切端などがユラユラした涅泥に沈んで、黝黒い水に毒茸の樣な濁つた泡が、ブク/\浮んで流れた。

駐在所の髯面の巡査、隣村から應援に來た今一人の背のヒョロ高い巡査、三里許りの停車場所在地に開業してゐる古洋服の醫師、赤焦けた黒繻子の袋袴を穿いた役場の助役、消毒具を携へた二人の使丁、この人數は、今日も亦家毎に強行診斷を行つて歩いた。空は、仰げば目も眩む程無際限に澄み切つて、塵一片飛ばぬ日和であるが、稀に室外を歩いてるものは、何れも何れも申合せた樣に、心配氣な、浮ばない顏色をして、跫音を偸んでる樣だ。其家にも、此家にも、怖し氣な面構をした農夫や、アイヌ系統によくある、鼻の低い、眼の濁つた、青脹れた女などが門口に出で、落着の無い不恰好な腰附をして、往還の上下を眺めてゐるが、一人として長く立つてるものは無い。子供等さへ高い聲も立てない。時偶胸に錐でも刺された樣な赤兒の悲鳴でも聞えると、隣近所では妙に顏を顰める。素知らぬ態をしてるのは、干からびた鹽鱒の頭を引擦つて行く地種の痩犬、百年も千年も眠つてゐた樣な張合のない顏をして、日向で欠伸をしてゐる眞黒な猫、往還の中央で媾んでゐるくらゐなもの。村中濕りかへつて巡査の靴音と佩劍の響が、日一日、人々の心に言ひ難き不安を傳へた。

石川啄木の他の作品