小さな村
本文約11,400字 ・ 読了時間 約23分
あらすじ(AIが作成しました)
広島で惨禍に見舞われた主人公は、家族と共に荷馬車に乗り、人里離れた農村へ辿り着く。製粉業を営む深井氏の助けを得て移住生活を始めるが、村人との心理的な距離や生活習慣の違いに翻弄される。戦時下における配給や村社会の排他性に直面しつつ、心身共に飢えと苦悩を抱える主人公。やがて復興の兆しが見える中で、村を去り東京へと戻るまでの日常と、田園風景の中に感じた切実な生と死の情景を綴る。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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夕暮
青田の上の広い空が次第に光を喪つてゐた。村の入口らしいところで道は三つに岐れ、水の音がしてゐるやうであつた。私たちを乗せた荷馬車は軒とすれすれに一すぢの路へ這入つて行つた。アイスキヤンデーの看板が目についた。溝を走るたつぷりした水があつた。家並は杜切れてはまた続いていつた。国民学校の門が見え、それから村役場の小さな建物があつた。田のなかを貫いて一すぢ続いてゐるらしいこの道は、どこまでつづくのだらうかとおもはれた。荷馬車はのろのろと進んだ。家並が密になつてくると、時々、軒下から荷馬車の方を振返つて、驚愕してゐる顔があつた。路傍で遊んでゐる子供も声をあげて走り寄るのであつた。
微かにモーターの響のしてゐる或る軒さきに、その荷馬車が停められた時、あたりはもう薄暗かつた。みんなはひどく疲れてゐた。立つて歩けるのは、妹と私ぐらゐであつた。私はその製粉所に這入つて行くと、深井氏に声をかけた。表に出て来た深井氏は吃驚して、それから、すぐにまた奥に引込んだ。いま、荷馬車の上の負傷者をとり囲んで、村の女房たちがてんでに私たちに話しかけた。けれども私は、薄闇のなかに誰が何を云つてくれてゐるのやら、気忙しくてわからないのであつた。深井氏はせつせと世話を焼いてくれた。兼ねて、その製粉所から三軒目の家を、次兄が借りる約束にはなつてゐたのだが、かうして突然、罹災者の姿となつて越して来ようとは、誰も思ひがけぬことであつた。
やがて、私たちは、ともかく農家の離れの畳の上に、膝を伸した。次兄の一家族と、妹と私と、二昼夜の野宿のあげく、漸く辿りついた場所であつた。とつぷりと日は暮れて、縁側のすぐ向の田を、風が重苦しくうごいてゐた。
一老人