TRENDIA CLASSIC

火の子供

原民喜

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〈一九四九年 神田〉

僕は通りがかりに映画館の前の行列を眺めてゐた。水色の清楚なオーバーを着たお嬢さんの後姿が何気なく僕の眼にとまつた。時間を待つてゐる人間の姿といふものは、どうしても侘しいものが附纏ふやうだが、そのお嬢さんの肩のあたりにも何か孤独の光線がふるへてゐた。たつた一人で、これから始る映画を見たところで、どれだけ心があたたまるといふのだらう。幸福さうな、しかし気の毒げな、お嬢さんよ。僕は何気なく心のなかで、そんなことを呟いてゐた。と、その時どうしたはずみか、お嬢さんはこちらを振向いた。その顔は一めん火傷の跡で灰色なのだ。僕は見てしまつたのだ。何故に、そのお嬢さんはたつた一人で映画のなかに夢を求めなければならないかといふ理由を……。

毎朝、僕はこの部屋で目が覚めるとたん、背筋に真青なものがつつ走る。僕はほんたうに、ここに存在してゐるのだらうか、僕は宙に漾つてゐて、何処かはて知らぬところへ押流されてゐるのではないか。かうした感覚はどこから湧いてくるのだらうか。僕がまた近いうちに、この部屋も立退かねばならぬといふ不安からだらうか。

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