TRENDIA CLASSIC

二つの死

原民喜

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その頃私はその朽ちて墜ちさうな二階の窓から、向側に見える窓を眺めることがあつた。檜葉垣を隔てて、向に見える二階建洋館のアパートでは、私が見おろす窓のところに、白い顔をした男が鏡にむかつてネクタイを結んでゐる。そのありふれた映画のなかの一情景か何かのやうな姿が、とにかく、あそこには、あのやうな生活があるのだなといふことが分るのだつた。ところが、私の立つてゐる側の六畳の部屋は、そこではボロボロに汚れた畳が、その畳の感触までが今では私をその部屋から追出さうとしてゐるのだつた。

その秋、私は土地会社の周旋で中野駅附近の汚ないアパートの一室を貸りたのだが、私から権利金を受取つた先住者は押入に荷物を残したまま身柄だけ一時立退いたかと思ふと、時折その部屋に現れてはそこを足場に担ぎ屋の商ひをつづけてゐた。そのうち先方の都合がどうしても立退けなくなつたと諒解と解約を申込んで来た。私は中野打越にある、甥の下宿先に再び舞戻つて来た。それから私は新聞社に「求間独身英語家庭教師に応ず」といふ広告を依頼してみたり、数少ない知人を廻り歩いて部屋のことを哀願してみた。「いつになつたら引越してくれる」と甥は時々不機嫌さうに訊ねる、そのたびに私は多少心あたりがあるやうな返事をしなければならなかつた。この若い学生の甥は殆ど毎日友人を連れて来ては部屋に寝そべつてゐた。

「あの時は愉快だつたね、隣の家にはピカ(原子爆弾)で死にかかりの人間がゐるのに、こちらではみんな楽器を持寄つて大騒ぎやつた」

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