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TORENDIA

鳴雪自叙伝

本文約192,600字 ・ 読了時間 約386分

あらすじ(AIが作成しました)

弘化四年に江戸の松山藩邸で生まれた内藤鳴雪が、自身の七十六歳までの経歴を綴る自叙伝である。父の役職に伴う幼少期の生活や家族との関わり、幕末の動乱期における自身の経験を回想し、当時の武家の習俗や藩内の政治情勢を描く。本稿は、記憶を辿りつつ語った内容を修正し構成されたものであり、附録として俳句作品も収める。

内藤鳴雪

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緒言

一 この自叙伝は、最初沼波瓊音氏の「俳味」に連載されしが、同誌の廃止後、織田枯山楼氏の「俳諧文学」にその「俳味」に載りしものと共に終結までを連載された所のもので、今般それを一冊子として岡村書店より発行せらるることとなったのである。 二 誌の毎号の発行に当り、余は記憶に捜って話しつつ筆記してもらい、それをいささか修正したるものに過ぎぬから、遺漏も多く記憶違いも少なかるまい。しかし大概は余が七十六歳までの経歴の要項を叙し得たと信ずる。 三 文中に現今七十四歳とあるは、談話もしくは修正の当時における年齢である。 四 意義に害なき誤字は発行を急ぎし故そのままにしたるものも少なくない。 五 附録の句集は松浦為王氏の選択に任かせたものである。

大正十一年三月 鳴雪識るす [#改丁]

[#ページの左右中央]

自叙伝内藤鳴雪

[#改ページ]

一

私の生れたのは弘化四年四月十五日であった。代々伊予松山藩の士で、父を内藤房之進同人といった。同人とは妙な名であるが、これは易の卦から取ったのである。母は八十といった。私は長男で助之進といった。その頃父は家族を携えて江戸の藩邸に住んでいたので、私はこの江戸で産声をあげたのであった。幕府の頃は二百六十大名は皆参勤交代といって、一年は江戸に住み次の一年は藩地に住んだ。そして大名の家族は江戸に住んでいた。それに準じて家来も沢山江戸藩邸に居た。その中で単身国許から一年交代で勤めに出るのもあり、また家族を引連れて、一年交代でなく或る時期まで江戸藩邸に住むのもあった。前者を勤番といい、後者を常府といった。私の父は弘化三年の冬にこの常府を命ぜられ、松山から引越して江戸へ出た、その翌年に私が生れたのであるから、私は松山でたねを下ろされ、腹の中にかがまりながら海陸二百五十里を来て江戸でこの世に出たのである。

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