地図
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あらすじ(AIが作成しました)
慶長十九年、石垣島を五年かけて陥落させた琉球の首里の名主・謝源は、凱旋の宴を催す。そこへ以前助けた二人の蘭人が戦勝祝いとして世界地図を献上する。謝源は地図の中に自分の領土を探すが、蘭人から自身の領土や日本さえもこの地図には小さくしか記載されていないと告げられる。この言葉に激昂した謝源は、蘭人を殺害し、その後は暴政を繰り返す。やがて首里は石垣島の軍勢に襲われ、謝源は姿を消す。数ヶ月後、石垣島の屋敷に血痕の付いた世界地図が残される。
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琉球、首里の城の大広間は朱の唐様の燭台にとりつけてある無数の五十匁掛の蝋燭がまばゆい程明るく燃えて昼の様にあかるかつた。
まだ敷いてから間もないと思はれる銀べりの青畳がその光に反射して、しき通るやうな、スガ/\しい色合を見せて居た。慶長十九年。内地では豊臣の世が徳川の世と変つて行かうとして居る時であつた。首里の名主といはれて居る謝源は大広間の上座にうちくつろいで座つて居た。謝源のすぐ傍に丞相の郭光はもう大分酩酊したやうにして膝をくづして、ひかへて居た。やゝ下つて多くの家来達がグデングデンに酔つぱらつてガヤ/\騒ぎたてて居た。広間の四方の障子はスツカリ取り払はれ、大洋を拭ふて来る海風は無数の蝋燭の焔をユラユラさせながら気持ちよく皆の肌に入つて行くのであつた。十月といつても南国の秋は暑かつた。
謝源は派手な琉球絣の薄ものをたつた一枚身にまとひ、郭光の酌で泡盛の大杯をチビリ、チビリと飲んで居た。謝源は今宵程自分といふものが大きく思はれた時はなかつた。その為か彼は今迄の苦い戦の味もはや忘れてしまつたやうになつて居た。五年の長い歳月を費し、しかも大敗の憂目を見ること三度、やうやうにして首里よりはるか遠くの石垣島を占領したあの苦しみも忘れてしまふ程であつた。