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TORENDIA

たより

本文約1,900字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

冬の落日が射す煉瓦校舎の傍らで、安永先生の詠草を聞いていた貴方の静かな横顔が、ふいに心に蘇る。雨の降りしきる静寂な夜、手紙の書き手は自身の内に宿る悲しみと、かつて共に過ごした日々への懐旧の念を綴る。物静かな眼差しを持つ貴方へ宛て、思索を深める夜のひと時を通して、心の内なる想いと対話への切実な願いを伝える。悲しみこそが人を慈しむ心や真実の尊さを教える宝であると説き、再び静かに言葉を交わすことを強く望む様子を描く。

宮本百合子

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🎧 たより / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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いきなり斯うした手紙をさしあげるのを御許し下さいませ。

これを手に御取りなすって、貴方はきっとオヤオヤと御思いなさるでございましょうねえ。

悪口を云い云いあっちこっち泳ぎ廻って居る私を思い出しなさる事でございましょう。

今日の今まで私は今斯うやって貴方へのおたよりを書こうなどとは夢にも思って居りませんでした。

けれども、夕暮にさえなりますと、私の心に夕栄の雲の様に様々な色と姿の思い出が湧きます中の一つが、とうとう斯うやって、筆をとらせたのでございます。

お覚えでいらっしゃいましょう。

冬の落日が木の梢に黄に輝く時、煉瓦校舎を背に枯草に座った私共が円くなって、てんでに詠草を繰って見た日を。

安永先生が浪にゆられゆられて行く小舟の様に、ゆーらりゆーらりと体をまえうしろにゆりながら、十代の娘の様な傷的な響で、日中に見る夢の歌を誦していらっしゃった時、私の左の向うに座って居らっしゃった貴方がじいっと目を下に落して聞いていらっしゃいましたっけねえ。

あの御姿が私の心をどうしてもはなれません。

何かにつけて時々思い出されるのでございますよ。

その静かな様子が今夕も私の心に帰って参りました。

目を瞑るとあの細い声が再び私の耳にすべり込んで来る様でございます。

そのおだやかな柔く心をなでて行く様な思い出は、私を、どうしても貴方への最初のお便りを書かねばならない様に致しました。どうぞおよみ下さいませ。

まあ今晩のよい雨でございます事。

私は、自分の四方を本箱とおもちゃでかこまれた書斎の中で心を浄めて行く様な雨だれの音をききながらそう思って居ります。

荒れた土の肌もさぞ美くしく御化粧されて行く事でござんしょう。

あれまあ、闇の中で木の葉の露が目の痛いほど輝いて居りますよ、何か物を申す様ですけれど私にはきこえませんの。

雀の巣は濡らされませんでしたろうかねえ。

毎日毎日重いのしかかる様な日がつづきましたので、昨日と今日の雨がどんなに私の心をすがすがしくさせてくれる事でございましょう。

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