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TORENDIA

ひととき

本文約3,300字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

夕暮れの花園で静寂に包まれる中、語り手は回復の望みがない病床にある若い知人を思い、悲しみと痛みを抱く。死を目前にしたその人の姿や過去の面影を回想し、自身の書斎で手紙を綴るまでの内省的な揺らぎを描く。本作は、遺伝的な病苦に直面する個人の苦悩と、未来の世代へ負の遺産を引き継ぐ無責任さに対する強い憤りや問いかけを綴り、人間が生きることの困難と生の執着について深く思索する一編である。

宮本百合子

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🎧 ひととき / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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はるかな森の梢に波立って居るうす紅い夕栄の雲の峯を見入りながら、私は花園の入口の柱によりかかって居る。

何となく朝から霧の晴れ切れない様な日だったので、非常に静寂な夕暮である。

うす青い様な空気の中に素早い動作で游いで居るトンボと蝙蝠の幾匹かは、一層高いところを、東へ東へと行く白鳥の灰色の影の下に如何にも微妙な運動をしめして居る。

つめたい風が渡って居そうに暗い木陰に、忘られた西洋葵の焔の様な花と、高々と聳え立って居る青桐の葉の黄金の網とが、眠りに落ち様とする沈んだ重い種々の者を目さめるまでに引きたてて、まだ虫の音のまばらな、ひると、よるとのとけ合った一時を、思い深げに飾って居る。

くつろいだ心地になって、私は持って居た本の背をやさしくなでながら、斯う云う時に有り勝な、沈ついたどっちかと云えば悲しみのこもった気持で、はてしなくいろいろの事を思いふけった。

永い間例え折々は気まずい思いをしあっても、自分の友達の一人として居たまだ若い人が廻復の望がないと云われた病にかかって居るときいてからはいつもいつもその事ばかりが思われてならない。

額の広い、健な時はきれいだとは云われなかったその人がこの頃はああ云う病気特有のすき透るほど白い肌になって見違えるほどなよやかに美くしくなったとか、西洋人形の様に大きい眼に涙を一杯ためて居たとか云う事を、前から私より親しくして居た人々からきくと、ついつい涙を押えられなくなってしまう。

何と云う痛ましい事かと思うと、彼の人の大まかな、おっとりした物ごしが一々目に見えて来る。

根気が強くて、どんな細かしい事でもコツコツとやって居た。

何だか生え際の薄い様な人であったがなどとも思われる。

低いどっちかと云えば鼻に掛った声で、堪らなく可笑しい時には、上半身を後の方にのばして高笑をする様子が何だか中年の男の様な感じを与えたので、私はその人の笑声がすると注意して見て、面白いなと思って居たものだ。

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