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TORENDIA

僻見

本文約18,800字 ・ 読了時間 約38分

あらすじ(AIが作成しました)

斎藤茂吉や蒹葭堂主人など、様々な人物についての個人的な好悪を綴る。著者は公平な批評を求めず、自らの内面に潜む自負や虚栄心を率直にさらけ出し、批判を芸術と捉えて偏見を提示する。本書は、詩歌や形式美の眼を開かせてくれた茂吉との精神的な血脈や、倹素に徹した巽斎の節制ある生き方を通じ、自身が対象に抱く敬愛の念や共感の理由を考察する。主観的な見地から対象の真髄を掴もうと試み、独自の視点で綴られた批評文を収める。

芥川龍之介

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この数篇の文章は何人かの人々を論じたものである。いや、それらの人々に対する僕の好悪を示したものである。

この数篇の文章の中に千古の鉄案を求めるのは勿論甚だ危険である。僕は少しも僕の批判の公平を誇らうとは思つてゐない。実際又公平なるものは生憎僕には恵まれてゐない、――と云ふよりも寧ろ恵まれることを潔しとしない美徳である。

この数篇の文章の中に謙譲の精神を求めるのはやはり甚だしい見当違ひである。あらゆる批判の芸術は謙譲の精神と両立しない。就中僕の文章は自負と虚栄心との吸ひ上げポンプである。

この数篇の文章の中に軽佻の態度を求めるのは最も無理解の甚だしいものである。僕は締切り日に間に合ふやうに、匆忙とペンを動かさなければならぬ。かう云ふ事情の下にありながら、しかも軽佻に振舞ひ得るものは大力量の人のあるばかりである。

この数篇の文章は僕の好悪を示す以外に、殆ど取り柄のないものである。唯僕は僕の好悪を出来るだけ正直に示さうとした。もし取り柄に近いものを挙げれば、この自ら偽るの陋を敢てしなかつたことばかりである。

晋書礼記は「正月元会、自獣樽を殿庭に設け、樽蓋上に白獣を施し、若し能く直言を献ずる者あらば、この樽を発して酒を」飲ましめたことを語つてゐる。僕はこの数篇の文章の中に直言即ち僻見を献じた。誰か僕の為に自獣樽を発し一杓の酒を賜ふものはないか? 少くとも僕の僻見に左袒し、僻見の権威を樹立する為に一臂の力を仮すものはないか?

斎藤茂吉

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