本文へ移動
TORENDIA

埃及雑記

本文約5,000字 ・ 読了時間 約10分

あらすじ(AIが作成しました)

埃及の港に降り立った筆者は、かつて憧れた地とは異なる荒涼とした風景に戸惑う。アレキサンドリヤで旧友と再会する喜びの一方で、各地で観光客を狙う強欲な客引きや過酷な環境に悩まされる。ナイル川沿いの遺跡や博物館で古代文化の遺物と対峙するものの、現地の人々との交流は希薄で、現代と過去が断絶している現状に失望を抱く。各地を巡り帰路に就いた筆者は、過去と現在が連綿と続く日本や支那との違いを考察し、埃及への旅を回顧する。

濱田耕作

速度
🎧 埃及雑記 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 6

一

埃及の入口ポートセイドの騷々しい港に船を降りて、一望百里鹽澤の外、何者も眼の前に見えない茫漠たる景色に接した私と倉田君とは、何處にナイルの恩惠たる黒土の埃及が横つてゐるかを疑つたのである。これは丁度二十年前、私が太沽の沖合に船が著いて、何處に支那の國があるかを怪しんだと同じ感じであつた。併し暫くすると兩側に青い畑も見え、椰子と駱駝も現はれて來た。其の間に博覽會場の壞れた樣な家と、喪服を著けた樣な黒い不活溌な女が動いてゐるのを見た。是が私の中學生以來あこがれてゐた『フワラオーの圖』の第一印象である。

此の一種失望の感は、曾て希臘のパトラスへ著いて、一旦古への希臘が私から失はれた時と殆ど同じ種類のものであつたが、希臘では其後多少空想の希臘を回復したのに引きかへて、埃及では遂にポートセイドで受けた此の最初の印象がコビリついて、埃及は所詮私に取つて詩の國であり得なかつたことを悲しむ外はない。私は之につけても日本へ船が著く時、門司にせよ長崎にせよ、如何に美くしい山河が旅客を迎へて、其の憧憬の念を益々深からしむるものがあるかを想像し得るのである。而して船から陸へ上つた時、此の美くしい第一印象を破壞する人間を發見しないかと懼れる。浮世繪の板畫に、美くしい女ばかりを想像して、横濱へ上陸した或る西洋人が、會ふ女一人として畫の樣な姿をしてゐないのに落膽且つ憤慨して、直に歸國してしまつたと言ふ話を聞いたが、私はそれでも兎に角カイロ、テーベス、アスワン[#「アスワン」は底本では「アワワン」]とデルタから上埃及まで旅する丈けの辛抱と好奇心を失はなかつた。

二

濱田耕作の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本