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TORENDIA

作家的思想

本文約6,700字 ・ 読了時間 約14分

あらすじ(AIが作成しました)

ドストエーフスキーの作品に見られる、作者が物語の渦中に一挙に身を投じる手法や「第四人称」の技法を分析する。過酷な事象を荷い通した末に作家がつく吐息の中にこそ、思想や夢、希望が揺るぎなく確立されると説く。知性と感性が融合する芸術的な境地を「作家的思想」と定義し、文学が生活建設と人間性探求を両立させながら進むべき道程を論じる。

豊島与志雄

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🎧 作家的思想 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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優れた作品にじっと眼を注ぐ時、いろいろな想念が浮んでくる。それらの想念は、直ちに文学論或は芸術論になるものではない。そういうものになす前に、先ず突破しなければならないところの、または整理しなければならないところの、一種の壁であり素材である。宛も、いろいろな人間なり事実なり感情なりに当面して、それを先ず突破しまたは整理しなければ、作品にならないのと、同様であろう。――然るに、現実の人間や事実や感情と、創作された作品と、どちらがより深く人の心を捉えるであろうか。この答えは、両者の性質によって、また答者によって、さまざまであろうが、結論に飛べば、現実同様の或はそれ以上の迫力を持てと作品に要求されている。同じように、作品からじかに来る想念と同様の或はそれ以上の迫力を持つように、文学論に要求されている。このことは、純理的にはおかしい。だが真理でもある。おかしい真理が成立するところに、文学の生き物たる所以があるのであろうか。

文学そのものの生態は茲に問わず、個々の作品の生態こそ、奇妙である。その初端と結末とに於て、多くは微妙な呼吸をしている。

如何なる作家にとっても、最初の数行は最も困難なものらしい。作品にはそれぞれ固有の世界があり空気がある。作者はその世界に飛び込み、その空気に肺を順応させ、其処に安住しなければならない。それは単に精神的なことばかりでなく、また肉体的なことでもある。ペンを執る手には、謂わば精神が持つ感覚と肉体が持つ意識とが在る。そして作者は全身的にはいり込む。――それは誰しもそうである。然しながら、はいり込む仕方に種々ある。それによって作品の性質が異ってくるのは云うまでもあるまい。

一つの例証として、最も多く読まれてるらしいドストエーフスキーの代表作を取ってみよう。(訳文は手許にある書物から借用する。)

「罪と罰」――

七月の初め、恐ろしく暑い時分の夕方ちかく、一人の青年が、借家人から又借りしているS横町の小部屋から通りへ出て、何となく思い切り悪そうにのろのろと、K橋の方へ足を向けた。

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