次郎物語
本文約157,700字 ・ 読了時間 約316分
あらすじ(AIが作成しました)
実の親であるお民に冷淡に扱われる次郎は、乳母のお浜の家に里子に出される。最初は次郎を「猿」と呼び拒絶したお浜だが、次第に愛情を注ぐようになる。本作は、成長するにつれ愛に飢え、周囲との葛藤や孤独を抱えながら生きる一人の少年の姿を描く。著者は、食物と愛の飢餓が人間を歪ませる可能性を説き、親や教育者に向けた願いを込めて執筆の動機と意図を綴る。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一 お猿さん
「癪にさわるったら、ありゃしない。」と、乳母のお浜が、台所の上り框に腰をかけながら言う。
「全くさ。いくら気がきついたって、奥さんもあんまりだよ。まるで人情というものをふみつけにしているんだもの。」と、竈の前で、あばた面をほてらしながら、お糸婆さんが、能弁にあいづちをうつ。
「お前たち、何を言っているんだよ。」と、その時、台所と茶の間を仕切る障子が、がらりと開いて、お民のかん高い声が、鋭く二人の耳をうつ。
お糸婆さんは、そ知らぬ顔をする。お浜は、どうせやけ糞だ、といったように、まともにお民の顔を見かえす。見返されて、お民はいよいよきっとなる。
「お浜、あたしあれほど事をわけて言っているのに、お前まだわからないのかい。恭一は何と言っても惣領なんだからね。どうせあの子を、そういつまでも、お前の家に預けとくわけにはいかないじゃないか。」
「そんなこと、もうわかっていますわ。どうせ御無理ごもっともでしょうからね。」
「お前何ということをお言いだい、私に向かって。……お前それですむと思うの。」
「すむかすまないかわかりませんわ。まるで欺しうちにあったんですもの。」
「欺しうちだって。」
「そうじゃございませんか。恭さんをちょっと連れて来いとおっしゃるから、つれて上ると、すぐにお祖母さんに連れ出さしておいて、そのあとで、こんなお話なんですもの。」
「それで、お前すねたというのだね。」
「すねたくもなろうじゃありませんか。私にも人情っていうものがございますからね。」
「すると、恭一の代りに、次郎を預るのは、どうしても嫌だとお言いなのかい。」
お浜はそっぽを向いて默りこむ。
「何というわからずやだろうね。私に乳がないばっかりにこうして頼んでいるのに、やさしく言えばつけ上ってさ。……嫌なら嫌でいいよ、もうお前にはどの子も頼まないから。その代りこの家とはこれっきり縁を切るから、そうお思い。飯米に困るなんてまた泣きついて来たって知らないよ。恭一にだって、これからはどんな事があっても逢わせるこっちゃない。」
お民は、そう言ってぴしゃりと障子をしめた。
「奥さん、そりゃあんまりです。あんまりです。」