TRENDIA CLASSIC

次郎物語

下村湖人

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一 運命の波

次郎の中学一年の生活も、二学期が過ぎて、新しい春がめぐって来た。入学試験に一度つまずいた彼は、もうそろそろ青年期に入ろうとしているのである。

青年期になると、たいていの人が、程度の差こそあれ、理想と現実との板ばさみになって、光明か暗黒かの岐路に立つものだが、読者が、これまで、いくぶんせっかちだと思われるほどの気持になって知りたがっていたのも、恐らく彼のそうした生活であったらしく私には思われる。で、私も、この巻では出来るだけ彼のそうした生活について語りたいと思っている。

だが、言うまでもなく、青年期の生活は、青年期だけで独立してはじまるものではない。青年次郎の生活を準備したものは、まさしく少年次郎であった。少年次郎の生活は、ちょうど山川の水が平野の川を流れて行くように、青年次郎の中に生きて行くのである。だから、少年次郎を知ることなしには、青年次郎の喜びも悩みもほんとうにはわからない。そこで私は、これからはじめて彼を知ろうとする人々や、これまで彼を知るには知っていても、彼の十五年間の生活の意味を、まだじっくりと考えてみる時間を有しなかった人々のために、ここで一応彼の過去をふりかえって、私の次郎観といったようなものを述べておきたいと思う。読者の中には、あるいは、それを無駄だと思う人があるかも知れない。しかし、それが無駄であるかどうかは、一応それに眼をとおしてから決めてもらっても、おそくはあるまいと思う。と言うのは、無駄なことを読むよりも、無駄なことを書くことの方が、はるかにより多くの時間を無駄づかいするものだということを、最もよく知っているのは、読む側の人ではなくて、書く側の人なのだから。

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