アグニの神
本文約7,900字 ・ 読了時間 約16分
あらすじ(AIが作成しました)
上海の町で、印度人の婆さんが魔法や占いを使い、さらわれてきた支那服の少女・妙子を監禁している。妙子の父の書生である遠藤は、彼女を救い出そうと婆さんの家へ乗り込む。婆さんがアグニの神を憑依させ予言を行う夜、遠藤は部屋に突入し、血を流して倒れている婆さんと、椅子に座り込む妙子を発見する。不思議な運命に導かれるように、遠藤は婆さんの死の真相をアグニの神によるものだと悟り、無事に妙子を救い出す。
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一
支那の上海の或町です。昼でも薄暗い或家の二階に、人相の悪い印度人の婆さんが一人、商人らしい一人の亜米利加人と何か頻に話し合っていました。
「実は今度もお婆さんに、占いを頼みに来たのだがね、――」
亜米利加人はそう言いながら、新しい巻煙草へ火をつけました。
「占いですか? 占いは当分見ないことにしましたよ」
婆さんは嘲るように、じろりと相手の顔を見ました。
「この頃は折角見て上げても、御礼さえ碌にしない人が、多くなって来ましたからね」
「そりゃ勿論御礼をするよ」
亜米利加人は惜しげもなく、三百弗の小切手を一枚、婆さんの前へ投げてやりました。
「差当りこれだけ取って置くさ。もしお婆さんの占いが当れば、その時は別に御礼をするから、――」
婆さんは三百弗の小切手を見ると、急に愛想がよくなりました。
「こんなに沢山頂いては、反って御気の毒ですね。――そうして一体又あなたは、何を占ってくれろとおっしゃるんです?」
「私が見て貰いたいのは、――」
亜米利加人は煙草を啣えたなり、狡猾そうな微笑を浮べました。
「一体日米戦争はいつあるかということなんだ。それさえちゃんとわかっていれば、我々商人は忽ちの内に、大金儲けが出来るからね」
「じゃ明日いらっしゃい。それまでに占って置いて上げますから」
「そうか。じゃ間違いのないように、――」
印度人の婆さんは、得意そうに胸を反らせました。
「私の占いは五十年来、一度も外れたことはないのですよ。何しろ私のはアグニの神が、御自身御告げをなさるのですからね」
亜米利加人が帰ってしまうと、婆さんは次の間の戸口へ行って、
「恵蓮。恵蓮」と呼び立てました。
その声に応じて出て来たのは、美しい支那人の女の子です。が、何か苦労でもあるのか、この女の子の下ぶくれの頬は、まるで蝋のような色をしていました。
「何を愚図々々しているんだえ? ほんとうにお前位、ずうずうしい女はありゃしないよ。きっと又台所で居睡りか何かしていたんだろう?」
恵蓮はいくら叱られても、じっと俯向いたまま黙っていました。
「よくお聞きよ。今夜は久しぶりにアグニの神へ、御伺いを立てるんだからね、そのつもりでいるんだよ」