本文へ移動
TORENDIA

大菩薩峠芝居話

本文約1,300字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

帝劇で上演された大菩薩峠という芝居の演出や脚色について、中里介山による長大な原作の精神をいかに舞台化すべきかを論じる。芝居は小説の要所を草双紙の口絵のように並べた趣向であるが、劇としての筋や人物描写に原作との乖離が見られると批判する。本作を優れた世間話と評し、その魅力や世界観を舞台へ移すことの困難さを指摘しながら、原作への敬意と舞台表現のあり方について率直な意見を綴る。

平山蘆江

速度
🎧 大菩薩峠芝居話 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 2

帝劇に上演された大菩薩峠、あれは芝居ではない、仕方話の手見世だ、芝居として見るのなら、行友李風氏の脚色で澤田正二郎君がやつた方が遙かに大菩薩峠の悌を出し、且机龍之助の姿を見せてくれている。

七幕十四場、ずつと通して見て筋が通る通らないという人もあるようだが、それはいう方が間違つている。大菩薩峠という長い/\もの語りの中の要所々々を、草双紙の口繪でも見せるように並べて見せて、小説でおなじみの人物を、それ/″\姿で見せて行く趣向だという事を、ちやんとはじめから唄つてあるのだ、口繪を見ただけで筋を知ろうという人が無理だ。それにあの小説で筋ばかりを見る人があつたら恐らく作者中里介山君は苦笑いをするだろう。筋を辿る爲めにあの小説を書いている中里介山君ではないのだろうから。

中里君の大菩薩峠を田中智學さんがほめたたえた、田中さんがほめなくつたつて、私は十年も昔からほめそやしている、憎らしいほど立派なものだと心で思つている、いつぞや菊池寛さんがあれをほめて文壇的とやらに推薦とやらをした時、中里君は今更ワイ/\云つてくれないでも、世間の方がとつくの昔に知つているよと云つたとかいう噂を聞いた事がある。菊池寛さんにほめられると皮肉を云つて、田中智學さんにほめられると一も二もなく賛成する中里君の心持が少し判らなくなつた。それはそれとして、田中智學さんも餘計な事をする人だ、あんな風によせもの細工のような芝居を作ろうなんて了見は起こさないで下されば好いのに、それにつけてもほめただけで何もしないでいて下すつた菊池さんへ私は遙かに敬意を表したい。

帝劇の大菩薩峠を見て、大菩薩峠らしく感じたのは大湊の舟小屋と新錢座の浪宅と輕業小屋との部分々々である。人物の中で小説の人らしく思われたのは高助の米友の風と律子のおはまと、かく子のお角と、田之助の兵馬などであつた。

平山蘆江の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本