TRENDIA CLASSIC
九月十月十一月
太宰治
1 / 5
(上) 御坂で苦慮のこと
甲州御坂峠の頂上に在る茶店の二階を借りて、長篇小説すこしづつ書きすすめて、九月、十月、十一月、三つきめに、やつと、茶店のをばさん、娘さん、と世間話こだはらず語り合へるくらゐに、馴れた。宿に著いて、すぐ女中さんたちに輕い冗談言へるやうな、器用な男ではないのである。それに私はこれまで滅茶な男のやうに言はれてゐるし、人と同じ樣に立小便しても、ああ、やつぱりあいつは無禮だ、とたちまち特別に指彈を受けるであらうから、旅に出ても、人一倍、自分の擧動に注意しなければ、いけない。
私は、おとなしく毎日、机に向つてゐた。をばさんも、娘さんも、はじめのうちは、私の音無しさに、かへつて奇怪を感じた樣子で、あのお客さんは女みたいだ、と蔭口きいて、私は、それをちらと聞いて、ああ、あんまり音無しくしてもいけないのか、とくやしく思つた。それから努めて、口をきくことにした。晩にお膳を持つて來る娘さんにも、何か一こと話しかけたく苦慮するのだが、どうも輕くふつと出ない。口をひらけば、何か人生問題を、演説口調で大聲叱咤しさうな氣がして、どうも何氣ない話は、できぬ。よつぽど氣負つた男である。たうとう或る晩、お膳を持つて部屋へはひつて來る娘さんを見るなり噴き出した。自身の苦慮が、毛むくじやらの大男の、やさしい聲を出さうとしての懸命の苦慮が、をかしかつたからである。娘さんは、顏を赤くした。
太宰治の他の作品
TRENDIA CLASSIC
新しい形の個人
主義
太宰治
新しい形の個人主義
太宰治 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
田舎者
太宰治
田舎者
太宰治 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
かくめい
太宰治
かくめい
太宰治 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
「グッド・バイ
」作者の言葉
太宰治
「グッド・バイ」作者の言葉
太宰治 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
「惜別」の意圖
太宰治
「惜別」の意圖
太宰治 ・ 約6分
TRENDIA CLASSIC
「地球圖」序
太宰治
「地球圖」序
太宰治 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
「晩年」と「女
生徒」
太宰治
「晩年」と「女生徒」
太宰治 ・ 約2分
TRENDIA CLASSIC
砂子屋
太宰治
砂子屋
太宰治 ・ 約2分
TRENDIA CLASSIC
砂子屋
太宰治
砂子屋
太宰治 ・ 約2分
TRENDIA CLASSIC
無趣味
太宰治
無趣味
太宰治 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
無題
太宰治
無題
太宰治 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
無趣味
太宰治
無趣味
太宰治 ・ 約1分