十二神貝十郎手柄話
本文約75,300字 ・ 読了時間 約151分
あらすじ(AIが作成しました)
稲荷堀で美しい狂人の娘がままごとを喚く騒ぎが頻発する中、十二神貝十郎は世間の流行に不審を抱く。大名たちが指物店へこぞってままごと道具を注文する背景に、贈賄が横行する時世と、側室お篠の影響で不穏な動きを見せる田沼家が関与していると睨んだ貝十郎は、独自に調査を開始する。やがて彼は、館林という武士が浪人救済の政策を画策する中で、思わぬ裏切りや謀略の渦に巻き込まれていく様子を追う。
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ままごと狂女
一
「うん、あの女があれなんだな」
大髻に黒紋付き、袴なしの着流しにした、大兵の武士がこういうように云った。独り言のように云ったのであった。
そこは稲荷堀の往来で、向こうに田沼主殿頭の、宏大の下屋敷が立っていた。
「世上で評判の『ままごと女』のようで」
こう合槌を打つものがあった。旅姿をした僧侶であった。
「つまり狂人なのでありましょうな」
これも単なる問わず語りのように、こう呟いた人物があった。笈摺を背負った六部であった。と、その側に彳んでいた、博徒のような男が云った。「迫害されて成った狂人なのでしょうよ」
「『ね、もう一度ままごとをしようよ』こう云って市中を狂い廻るなんて、おお厭だ、恥ずかしいことね」
すぐにこう云う者があった。振り袖を着た町娘で、美しさは並々でなかったが、どこかに蓮っ葉なところがあった。
「それが一人や二人でなく、この頃月に幾人となく、ああいう狂人の出て来るのは、変だと云えば変ですなあ」
こう云ったのは総髪物々しく、被布を着た一人の易者であった。冷雨がにわかに降り出したので、そこの仕舞家の軒の下に、五人は雨宿りをしたものと見える。
今も冷雨は降っていた。その冷雨に濡れながら、髪を乱し衣紋を乱した、若い美しい狂人の娘が、田沼家の前を行ったり来たりしていた。
「ね、もう一度ままごとをしようよ」
そう喚く声がここまで聞こえた。が、間もなく姿が消えた。裏門の方へでも[#「でも」は底本では「ても」]行ったのであろう。
パラパラと不意に降って来て、しばらく経つとスッと上がる。これが冷雨の常である。冷雨が上がった。
「へい皆様、ご免くだすって」
易者が最初にこう声をかけて、軒下から往来へ出た。
「それじゃ私も」
「では拙者も」
などと云いながら五人の者は、つづいて軒下から往来へ出た。そういう様子を少し離れた、これも軒下に佇んで、雨宿りをしていた三十五、六歳の武士が、狙うようにして見守っていたが、
「またあいつら何かをやり出すな」
言葉に出して呟いた。それから首を傾げるようにしたが、