一
ぴかり!
剣光!
ワッという悲鳴!
少し[#「 少し」は底本では「 少し」]間を置いてパチンと鍔音。空には満月、地には霜。
切り仆したのは一人の武士、黒の紋付、着流し姿、黒頭巾で顔を包んでいる。お誂え通りの辻切仕立、懐中手をして反身になり、人なんかァ殺しゃァしませんよ……といったように悠然と下駄の歯音を、カラーンカラン! 立てて向うへ歩いて行く。
切り仆されたのは手代風の男、まだヒクヒクうごめいている。手に包を握っている。
側に屋敷が立っている。立派な屋敷で一軒きりだ。黒板塀、忍び返し、奥に植込が茂っている。周囲は空地、町の灯に遠い。
その塀に添って、カランカラーン、武士はおちついて歩いて行く。
塀について左へ曲がった。
矢張り悠然、矢張り歯音、カラーンカラン! カラーンカラン!
また塀について曲がった途端、
「御用!」
捕手だ!
上がったは十手!
武士、ちっとも驚かなかった。
佇むとポンと胸を打った。
「へ――」
と捕方平伏した。
「半刻あまりそこにいろ」
いいすてて、またもカラーンカラン! 綺麗に歯音を霜夜に立て、そうして肩に満月を載せ、町の方へ行ってしまったのである。
切り仆された手代風の男、まだヒクヒクうごめいている。
と、右手から人の足音、雪駄穿きだな、バタバタと聞える。現れたのは職人風の男、死にぞこないにつまずいた。
「おっ!」というとつくばった。
「しめた!」というと飛び上がった。途端に右手が宙へ躍った。
と、どうしたんだ、あわてたように「しまった!」と叫ぶと引っ返してしまった。どこへ行ったか解らない。
「あッ、取られた、大事な朱盆!」
切られた手代風の男の声! そうしてそれなり、死んでしまった。
数日経った或日のこと、
「ご免下さい」と訪う声。
人殺しのあった側の屋敷、その玄関から聞えて来た。扮装だけはシャンとしているが、顔に無数の痘痕のある可成り醜い男が立っている。
「はい」と現れたのは小間使い「何かご用でございますか?」
「突然で不躾ではございますが、もしやお屋敷の庭の隅に、朱盆が落ちてはおりませんでした?」
「しばらくお待ちを」と這入って行った。