ヤトラカン・サミ博士の椅子
本文約12,800字 ・ 読了時間 約26分
あらすじ(AIが作成しました)
1929年、錫蘭島のコロンボ市マカラム街には、観光客を目当てにタミル族の女給が働く珈琲店が並ぶ。街を徘徊する白髪の老人ヤトラカン・サミ博士は、籐駕籠で編まれた奇妙な車椅子に乗って乞食をしている。その椅子は、かつて強姦した総督夫人を編み込んだものであった。著者は、マカラム街でこの老人に手相を頼まれた際、彼が乗り回す椅子とその風貌から、この怪奇な物語を着想する。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
1
マカラム街の珈琲店キャフェ・バンダラウェラは、雨期の赤土のような土耳古珈琲のほかに、ジャマイカ産の生薑水をも売っていた。それには、タミル族の女給の唾と、適度の蠅の卵とが浮かんでいた。タミル人は、この錫蘭島の奥地からマドラスの北部へかけて、彼らの熱愛する古式な長袖着と、真鍮製の水甕と、金いろの腕輪とを大事にして、まるで瘤牛のように山野に群棲していた。それは「古代からそのままに残された人種」の一つの代表といってよかった。彼らは、エルカラとコラヴァとカスワとイルラの四つの姓閥からできあがっていた。そして、そのどれもが、何よりも祖先と女の子を尊重した。祖先は、タミル族に、じつは彼らが、あの栄誉ある古王国ドラヴィデアの分流であることを示してくれるのに役立ったから、彼らはその祭日を忘れずに、かならずマハウェリ・ガンガの河へ出かけて行って、めいめいの象といっしょに水掃礼を受けた。が、女の子を歓迎したのは、そういう民族的に根拠のある感情からではなかった。女は、彼らにとって、家畜の一種としての財産だったからだ。女の子が生まれると、彼らはそれを、風や雑草の悪霊から保護して育てて、大きくなるのを待ってコロンボの町へ売りに出た。この、タミル族の若い女どもを買い取るのは、おもにそこの旅客街のキャフェだった。女給にするのだ。ことに、ポダウィヤの酋長後嗣選挙区にある、ポダウィヤ盆地産の女は値がよかった。なぜといえば、イギリス旦那の「文明履物」のようなチョコレート色の皮膚と、象牙の眼と、蝋引きの歯、護謨細工のように柔軟な弾力に富む彼女らの yoni とは、すでに英吉利旦那の市場においても定評がなかったか?
2