わが國はポツダム宣言受諾の結果,民主主義の平和國家として更生することとなつた.このことは今度の新憲法に具象化せられて居つて,人民のために人民が行ふ政體をとるのである.從つて人民各自の人格の高低はとりも直さず,我國の浮沈を決定するものに他ならない.ここに人格といふのは,道義心,性格,教養等を含めた全體の屬性を指すのである.
然らばわが國民の人格の水準は今日どうであらうか.それは犯罪の詳しい統計を調べればすぐわかることであるが,それを俟つまでもなく毎日の各人の體驗が最も雄辯にこれを物語つてゐるであらう.少しでも油斷するとすぐ物がなくなることは今日誰もが味はつてゐるのである.これは敗戰國の常であつて敢て怪しむに當らないことかも知れない.前歐洲大戰後のドイツに於て自分は同じやうなことを經驗した.大陸に渡る前にイギリスのケンブリツヂに於ては,講義を聽きに來る學生の乘り捨てた自轉車が,カレツヂの門前に一ぱい置いてあつても,それがなくなつたといふことを聞いたことがなかつた.これに比べたのでドイツの社會状態は殊に目立つて見えたのかも知れない.その時ドイツはインフレの波に襲はれてゐたのである.
以上は犯罪を構成するやうな極端な問題であつて,これで一國の消長を判斷するのは早計だといふ人があるかも知れない.それでは今日わが國民の性格は,戰災の國土から奮然として立ち上り,産業を再建し國家を復興させるだけの氣概と根氣とを備へてゐるのであらうか.自分の目には遺憾ながらどうもさうは見えない.終戰後既に1年2個月を經たのであるが,まだ虚脱状態を脱してゐない人も多い.自ら進んで難に赴くといふ犧牲心の發露を見ることは極めて稀であつて,利己的行爲が澎湃として世を蔽つてゐる感がある.これでは國の復興,民生の安定といふことはいつのことか解らない.