別るる恋
「相手の権勢に酔わされたか! ないしは美貌に魅せられたか! よくも某を欺むかれたな!」
こう罵ったのは若い武士で、その名を北畠秋安と云って、年は二十三であった。
罵られているのは若い娘で、名は萩野、十九歳であった。
罵られても萩野は黙っている。口を固く結んでいる。そうして足許を見詰めている。その態度には憎々しいほどの、決心の相が見えている。
「さようか、さようか、物を言わぬ気か、それ程までに某を、もう嫌って居られるのか。薄情もそこまで行き詰めれば、また潔いものがある。で、某も潔くやろう。二人の仲は今日限りに、あかの他人の昔に帰ろう。が、一言云って置く、不破小四郎は伴作殿の従兄で、関白殿下のご愛臣で美貌と権勢と財宝とを、三つながら遺憾なく備えて居られる。で、幸福のお身の上よ。が、そういうお身の上の方は、何事につけても執着がなくて、女子などにも薄情なものだ。で、其方に予言して置く、間もなく小四郎に捨られるであろうぞ」
捨石から腰を上げた秋安は、萩野を尻眼に睨んだが、そのままスタスタと歩き出した。一切未練は俺にはない――と云ったような歩き方である。とは云え灌木の陰へかくれて、萩野の姿の見えなくなると一緒に、その歩き方は力なげになった。
絶望が心に涌いたからである。
ここは京都の郊外の、上嵯峨へ通う野路である。御室の仁和寺は北に見え、妙心寺は東に見えている。野路を西へ辿ったならば、太秦の村へ行けるであろう。
その野路をあてもなく、秋安は西の方へ彷徨って行く。
季節は酣の春であった。四條の西壬生の壬生寺では、壬生狂言があるというので、洛内では噂とりどりであった。そうして嵯峨の嵯峨念仏は、数日前に終わっていた。
そういう酣の春であった。
この野路の美しさよ。
木瓜の花が咲いている。の花が咲いている。※花[#「米+屑」、484-下-13]の花が咲いている。そうして畑には麦が延びて、巣ごもりをしている鶉達が、いうところのヒヒ鳴きを立てている。
農家がパラパラと蒔かれていたが、多くは花に包まれていた。白いのは木蓮か梨の花であろう。赤紫に見えるのは、蘇枋の花に相違ない。