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TORENDIA

血曼陀羅紙帳武士

本文約87,700字 ・ 読了時間 約176分

あらすじ(AIが作成しました)

甲州街道付近の野原で、伊東頼母は頭巾を被った謎の武士に呼び止められ、腰の物を拝見したいと迫られる。頼母はこれを拒否するが、武士の体当たりによって気絶させられる。その後、娘の栞に助けられた頼母は、彼女の父・薪左衛門の屋敷へ身を寄せる。薪左衛門は名剣「天国」の探索に執念を燃やし、周囲は剣を巡る因縁と狂気、そして血曼陀羅の紙帳を掲げて流浪する武士の生き様が交錯する世界へと飲み込まれていく。

国枝史郎

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腰の物拝見

「お武家お待ち」

という声が聞こえたので、伊東頼母は足を止めた。ここは甲州街道の府中から、一里ほど離れた野原で、天保××年三月十六日の月が、朧ろに照らしていた。頼母は、江戸へ行くつもりで、街道筋を辿って来たのであったが、いつどこで道を間違えたものか、こんなところへ来てしまったのであった。声は林の中から来た。頼母はそっちへ眼をやった。林の中に、白い方形の物が釣ってあった。紙帳らしい。暗い林の中に、仄白く、紙帳が釣ってある様子は、巨大な炭壺の中に、豆腐でも置いたようであった。声は紙帳の中から来たようであった。

塚原卜伝が武者修行の際、山野に野宿する時、紙帳を釣って寝たということなどを、頼母は聞いていたので、林に紙帳の釣ってあることについては、驚かなかったものの、突然、横柄な声で呼び止められたのには、驚きもし腹も立てた。それで黙っていた。すると、紙帳の裾が揺れ、すぐに一人の武士が、姿を現わした。武士の身長が高いので、紙帳を背後にして立った形は「中」という字に似ていた。

「お腰の物拝見出来ますまいかな」と、その武士は、頭巾で顔を包んだままで云った。

「黙らっしゃい」と頼母は、とうとう癇癪を破裂させて叫んだ。

「突然呼び止めるさえあるに、腰の物を見せろとは何んだ! 成らぬ!」

「そう仰せられずに、お見せくだされ。相当の物をお差しでござろう」

「黙れ! 無礼な奴、ははア、貴様、追い剥ぎだな。腰の物拝見などと申し、近寄り、懐中物を奪うつもりであろう。ぶった斬るぞ!」

「賊ではござらぬ。ちと必要あって腰の物拝見したいのじゃ。何をお差しかな。まさか天国はお差しではござるまいが」

「ナニ、天国? あッはッはッ、何を申す、馬鹿な。天国や天座など、伝説中の人物、さような刀鍛冶など、存在したことござらぬ。鍛えた刀など、何んであろうぞ」

すると武士は、頭巾の中で、錆のある、少し嗄れた声で笑ったが、「貴殿も、天国不存在論者か。馬鹿者の一人か。まアよい、腰の物お見せなされ」と、近寄って来た。

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