文づかひ
本文約13,100字 ・ 読了時間 約27分
あらすじ(AIが作成しました)
小林という少年士官は、ザックセンの演習中に訪れたデウベン城での体験を語る。滞在中、宿舎となった城で伯爵家の令嬢イイダと出会い、彼女を案内することになる。イイダは門閥や伝統に縛られた貴族社会での窮屈な生活に苦悩し、自身の孤独な内面を吐露する。王宮での再会を経て、自身の窮状を打破するために秘めた願いを抱えるイイダの姿を通し、異国の地で出会った貴族の娘が抱える葛藤と切実な心情を描く。
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それがしの宮の催したまひし星が岡茶寮の独逸会に、洋行がへりの将校次を逐うて身の上ばなしせし時のことなりしが、こよひはおん身が物語聞くべきはずなり、殿下も待兼ねておはすればと促されて、まだ大尉になりてほどもあらじと見ゆる小林といふ少年士官、口に啣へし巻烟草取りて火鉢の中へ灰振り落して語りは始めぬ。
わがザックセン軍団につけられて、秋の演習にゆきし折、ラァゲヰッツ村の辺にて、対抗は既に果てて仮設敵を攻むべき日とはなりぬ。小高き丘の上に、まばらに兵を配りて、敵と定めおき、地形の波面、木立、田舎家などを巧に楯に取りて、四方より攻寄するさま、めづらしき壮観なりければ、近郷の民ここにかしこに群をなし、中に雑りたる少女らが黒天鵝絨の胸当晴れがましう、小皿伏せたるやうなる縁狭き笠に草花插したるもをかしと、携へし目がね忙はしくかなたこなたを見廻らすほどに、向ひの岡なる一群きは立てゆかしう覚えぬ。
九月はじめの秋の空は、けふしもここに稀なるあゐ色になりて、空気透徹りたれば、残る隈なくあざやかに見ゆるこの群の真中に、馬車一輛停めさせて、年若き貴婦人いくたりか乗りたれば、さまざまの衣の色相映じて、花一叢、にしき一団、目もあやに、立ちたる人の腰帯、坐りたる人の帽の紐などを、風ひらひらと吹靡かしたり。その傍に馬立てたる白髪の翁は角扣紐どめにせし緑の猟人服に、うすき褐いろの帽を戴けるのみなれど、何となく由ありげに見ゆ。すこし引下がりて白き駒控へたる少女、わが目がねはしばしこれに留まりぬ。鋼鉄いろの馬のり衣裾長に着て、白き薄絹巻きたる黒帽子を被りたる身の構けだかく、今かなたの森蔭より、むらむらと打出でたる猟兵の勇ましさ見むとて、人々騒げどかへりみぬさま心憎し。