TRENDIA CLASSIC
文づかひ
森鴎外
1 / 19
それがしの宮の催したまひし星が岡茶寮の独逸会に、洋行がへりの将校次を逐うて身の上ばなしせし時のことなりしが、こよひはおん身が物語聞くべきはずなり、殿下も待兼ねておはすればと促されて、まだ大尉になりてほどもあらじと見ゆる小林といふ少年士官、口に啣へし巻烟草取りて火鉢の中へ灰振り落して語りは始めぬ。
わがザックセン軍団につけられて、秋の演習にゆきし折、ラァゲヰッツ村の辺にて、対抗は既に果てて仮設敵を攻むべき日とはなりぬ。小高き丘の上に、まばらに兵を配りて、敵と定めおき、地形の波面、木立、田舎家などを巧に楯に取りて、四方より攻寄するさま、めづらしき壮観なりければ、近郷の民ここにかしこに群をなし、中に雑りたる少女らが黒天鵝絨の胸当晴れがましう、小皿伏せたるやうなる縁狭き笠に草花插したるもをかしと、携へし目がね忙はしくかなたこなたを見廻らすほどに、向ひの岡なる一群きは立てゆかしう覚えぬ。
九月はじめの秋の空は、けふしもここに稀なるあゐ色になりて、空気透徹りたれば、残る隈なくあざやかに見ゆるこの群の真中に、馬車一輛停めさせて、年若き貴婦人いくたりか乗りたれば、さまざまの衣の色相映じて、花一叢、にしき一団、目もあやに、立ちたる人の腰帯、坐りたる人の帽の紐などを、風ひらひらと吹靡かしたり。その傍に馬立てたる白髪の翁は角扣紐どめにせし緑の猟人服に、うすき褐いろの帽を戴けるのみなれど、何となく由ありげに見ゆ。すこし引下がりて白き駒控へたる少女、わが目がねはしばしこれに留まりぬ。鋼鉄いろの馬のり衣裾長に着て、白き薄絹巻きたる黒帽子を被りたる身の構けだかく、今かなたの森蔭より、むらむらと打出でたる猟兵の勇ましさ見むとて、人々騒げどかへりみぬさま心憎し。
森鴎外の他の作品
TRENDIA CLASSIC
鴎外漁史とは誰
ぞ
森鴎外
鴎外漁史とは誰ぞ
森鴎外 ・ 約18分
TRENDIA CLASSIC
あそび
森鴎外
あそび
森鴎外
TRENDIA CLASSIC
阿部一族
森鴎外
阿部一族
森鴎外
TRENDIA CLASSIC
うたかたの記
森鴎外
うたかたの記
森鴎外
TRENDIA CLASSIC
ヰタ・セクスア
リス
森鴎外
ヰタ・セクスアリス
森鴎外
TRENDIA CLASSIC
興津弥五右衛門
の遺書
森鴎外
興津弥五右衛門の遺書
森鴎外
TRENDIA CLASSIC
興津弥五右衛門
の遺書(初稿)
森鴎外
興津弥五右衛門の遺書(初稿)
森鴎外
TRENDIA CLASSIC
カズイスチカ
森鴎外
カズイスチカ
森鴎外
TRENDIA CLASSIC
大塩平八郎
森鴎外
大塩平八郎
森鴎外
TRENDIA CLASSIC
仮名遣意見
森鴎外
仮名遣意見
森鴎外
TRENDIA CLASSIC
かのように
森鴎外
かのように
森鴎外
TRENDIA CLASSIC
寒山拾得
森鴎外
寒山拾得
森鴎外