貝殼追放
本文約6,900字 ・ 読了時間 約14分
あらすじ(AIが作成しました)
子供時代から女性を清浄無垢な存在として崇拝してきた男性は、成長してもなおその理想を抱き続ける。しかし、故郷で妹と義妹が同一の青年を慕い、義妹が妊娠するという現実を目の当たりにする。自身の抱いてきた女性への清らかな幻想を根底から覆された彼は、理想と現実の乖離に深く苦悩し、絶望の中で消息を絶つ。本作は、幼少期の無知な純潔観がいかに一人の青年の精神を破壊していくかを描く。
💰 この本を応援する(投げ銭)
「お母さん、私は何處から生れて來たの。」
「それはね、遠くの遠くの方から鸛の鳥が銜へて來て、家の煙突の中に落して行つたのです。」
西洋の子供も、自分達が何處から生れて來たかを訝かしがつて、執拗く問ひただしては母親を困らせるさうである。まことにそれは、吾々が子供心に、飽迄も知らんと欲して、しかも遂に知る事の出來なかつた謎であつた。
物心のついた時には、既に自分の目の前に、兄が二人、姉が一人あつた。柔かに暖く、縋りついて顏を埋めれば、顏中が埋まつてしまふ母の乳房を銜へたまま、何の心配も無く眠つた月日は短かかつた。喰ひついて離れまいとするのを苦い藥を塗つたり、騙したり、叱つたり、すかしたりして、母は永久にその懷しい乳房から自分を振放してしまつた。自分はその日から獸の乳で育てられた。忽ちにして妹が生れた。續いて弟が生れた。又妹が生れた。妹が生れた。弟が生れた。弟が生れた。弟が生れた。弟が生れた。
「いつたい赤坊は何處から生れるのだらう。」
幼い自分の頭腦を、此の不可思議はどんなに深く惱ましたかわからない。
「神樣が授けて下さつたのですよ。」
とお祖母樣はおつしやつた。そのお祖母樣に連れられて戸外に出ると、自分が生れた時、お祖母樣の懷に抱かれて、お宮詣に來たといふ神社の前で、
「これがお前達を授けて下さつた神樣だから、かうして拜むのですよ。」
と拍手をうつ事も教はつて、ちひさい手を合せたが、縁日の日の外は、何時も森閑としたお宮の神樣によつて生れたのだと考へるのは、涙が溢れる程寂しかつた。
「それはね、お母樣のお腹から生れて來たのです。」
と或時母自身の口から聞いたのが、ほんとの事に違ひ無いと思つた。
「婆やは木の股から生れて參りました。」
と婆やは眞面目な顏付で云つたけれど、そんな事があるものか。
「ねえお兼さん、お兼さんも木の股から生れて來たんだらう。」
「えゝえゝ、兼も木の股から生れて參りました。」
赤面の御飯たきも婆やに相槌を打つた。
「坊ちやま、銀も木の股から生れたんですつて。」
「坊ちやま私も木の股から生れました。」
若い女中達も一緒になつて答へた。