病院の窓
本文約33,100字 ・ 読了時間 約67分
あらすじ(AIが作成しました)
釧路の新聞社に勤める野村良吉は、職場での疎外感と自身の過去が露呈することへの不安に苛まれていた。編集主任の竹山が社内での自身の地位を危うくしていると疑う野村は、問い詰められた過去の出来事や借金に追い詰められる。本作は、慢性的な不安と困窮に沈む男が、自身の隠し事を突きつけられた際に露呈する心理的葛藤と、日常が崩壊していく様を描く。
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野村良吉は平日より少し早目に外交から帰つた。二月の中旬過の、珍らしく寒さの緩んだ日で、街々の雪がザクザク融けかかつて来たから、指先に穴のあいた足袋が気持悪く濡れて居た。事務室に入つて、受付の広田に聞くと、同じ外勤の上島も長野も未だ帰つて来ないと云ふ。時計は一時十六分を示して居た。
暫時其処の暖炉にあたつて、濡れた足袋を赤くなつて燃えて居る暖炉に自暴に擦り付けると、シユッシユッと厭な音がして、変な臭気が鼻を撲つ。苦い顔をして階段を上つて、懐手をした儘耳を欹てて見たが、森閑として居る。右の手を出して、垢着いた毛糸の首巻と毛羅紗の鳥打帽を打釘に懸けて、其手で扉を開けて急がしく編輯局を見廻した。一月程前に来た竹山と云ふ編輯主任は、種々の新聞を取散らかした中で頻りに何か書いて居る。主筆は例の如く少し曲つた広い背を此方に向けて、暖炉の傍の窓際で新着の雑誌らしいものを読んで居る。「何も話して居なかつたナ。」と思ふと、野村は少し安堵した。今朝出社した時、此二人が何か密々話合つて居て、自分が入ると急に止めた。――それが少なからず渠の心を悩ませて居たのだ。役所廻りをして、此間やつた臨時種痘の成績調やら辞令やらを写して居ながらも、四六時中それが気になつて、「何の話だらう? 俺の事だ、屹度俺の事に違ひない。」などと許り考へて居た。
ホツと安堵すると妙な笑が顔に浮んだ。一足入つて、扉を閉めて、
『今日は余程道が融けましたねす。』
と、国訛りの、ザラザラした声で云つて、心持頭を下げると、竹山は
『早かつたですナ。』
『ハア、今日は何も珍らしい材料がありませんでした。』