憂鬱な家
本文約4,600字 ・ 読了時間 約10分
あらすじ(AIが作成しました)
郊外に建つ家で暮らす男は、冬の厳しい自然と、鴉、病気の犬、牛といった家を訪れる存在に閉塞感を抱いている。男は幼児である凡太郎が最初に覚える言葉を、美しいものにしたいと願いつつも、凡太郎は身近な動物の鳴き声を真似る。さらに、自身の家を訪れ熱心に議論を交わす二人の青年が、凡太郎の言葉や生活に影響を与える様を通じて、男は現実の憂鬱さと、凡太郎が新たな言葉を発することへの奇妙な不安を抱く。
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(一)
屋根の上の物音、禿鷹のやうに横着で、陰気な眼をした、あんまり飛び廻つて羽の擦りきれた鴉の群であつた。
こ奴等は、私の家の上で絶えず仲間同志争つた。
私はジット室の中に閉ぢこもつて、この屋根の上を駈け廻る物音を聞いた。不吉な鳥達が、黒いあしうらで跳ね廻つてゐることを知ると、私はたいへん不快な気持にとらはれた。
そして今度は戸口の物音である。
近所に住んでゐるらしい病気の犬こ奴の姿も私には気に喰はない。
何時も腰を、ズルズル曳きづつて歩く、ちよつと見ては、坐つてゐるのか、立つてゐるのか判らない犬であつた、
この犬が戸口に体を一生懸命にこすりつけて、枯れ草のやうな音をたてるのであつた。
逃げてゆくその斑犬の後姿を見ると、まるで赤ん坊のやうにすつかり毛がぬけてしまつてゐる。
頸や肢は哀れに痩てゐるが、腹だけは何つも大きく瓶のやうにふくらんでゐた。
私の郊外の家を、訪れる物音といつたら、まづこの不吉な鴉と、毛のぬけた犬位なものであつた。
海のやうに展けた雪原には何日も何日も吹雪が続いた、殊にこの吹雪のやんだ翌日の静けさは、実に惨忍に静まり返つた。
私の会社に出勤した後の、このぽつちりと雪の中に建つた私の家の中には、どんなに妻は退屈に留守をしてゐるか。
彼女は、室中に縦横に麻繩を張り廻し、凡太郎のむつきを掛け、どんどんと石炭をストーブにくべて、この黒、白、黄、の斑点のあるしめつた旗を乾かしたり、室中をぐるりぐるり子供を背負つて、どうどう廻りをしたり、また流し元でたつた二つよりない飯茶碗を湯の中でコリ/\コリ/\いはせながら何つまでも撫廻してゐることであらう。
凡太郎は部屋の真中にほうりなげられ、円を描いてくる/\廻りながら、手近なものを、なんでも口に頬ばる、畳の間から藁屑を摘み出して頬張つたり、乾からびた飯粒、石炭の小さい塊やら、新聞紙の切つ端や、蝋燭の屑、など片つ端から口にいれた、そして嚥み下されるものは嚥み、嚥みこめないものは吐き出てゐたが、看視人である母親は、鈍感であるので多くの場合知らなかつた。
たまに母親はこれを発見するが落付いたものであつた。