シャリアピン
本文約4,500字 ・ 読了時間 約9分
あらすじ(AIが作成しました)
シャリアピンの身体に寄生する蚤の視点から、亡命歌手である主人の芸術や現状を批評的に綴る。資本主義国の演奏室で富裕層を相手に歌い続ける主人の姿と、革命後の祖国で新しい芸術を創造するロシアの音楽家や科学者たちの対比を通じて、祖国を離れた芸術家が抱える孤独と脆さを浮き彫りにする。また、来日した主人が見せる一面的な日本の風景や、当時の日本の音楽界における葛藤も織り交ぜながら、真の芸術の在り方を問いかける作品である。
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1
わたしはシャリアピンさまに
永年仕へてゐる蚤
ともに韃靼の古都カザンに生れ
ともに暮して当年六十四歳、
夏はシャリアピンのカラーの下の涼しいところに
冬は暖い頭髪の中に
平素は主として鳩尾のあたりに住んでゐる、
早耳、早足は小生の特長
御主人シャリアピンが御承知なくとも
わたしはすべてを知つてゐる、
ソビヱットのこと、
旦那の若い頃からの友達ゴリキイ旦那の最近の便りも
せつせと走り廻つたり、聴き廻つたりして、
世の中のだんだん変つてゆくのを
知ることは私の楽しみだ。
2
旦那の歌はもう聴きあきた、
汚らはしい金持の拍手と
無理をし算段をして入場料を払ひ
旦那の芸術を聴きにくる人々の
割れるやうな拍手が、ホールに響くのも毎度のことだ
だが大きな働いてゐる手の持主
労働者の拍手をついぞ聞いたこともない、
なにせ入場料が、二円、四円、六円ではね、
3
かう見えても、わしは蚤の仲間のコンミニストなのだよ、
だから御主人シャリアピンの批判もできるのさ、
まあ笑はないで下さい。
蚤のコンミニスト
さらば、我が蚤に
心ゆくまで
悪態を言はしてみよ、
蚤の悪態、ハハハハハ
蚤―、ハハハハハ
ハハハハハ、蚤のコンミニスト
いかがで御座る、
見やう聴き真似で御主人の
メフィストの蚤の歌に
そのまゝそつくりの巧みさがあるでせう。
日本でもこれを歌ひました
桟敷から誰かゞロシア語で吐鳴つた、
「メフィストの蚤の歌を謳つて下さい」
するとシャリアピンは舞台から
「いま、音楽会が始まつたばかり
そんなにあわてなさいますな――」
と愛嬌を振りまいて又々拍手拍手であつた。
4
御主人はちと認識不足だよ、
あわてなさいますなと言つたところで
日本人といふ国民性は
世界の中でも最も
あわてる人種だといふことを御存知ないのだ、
ヤポンスキイ(日本人)は感情的な人間が多いが、
深い感情ではない、
いつも「追ひつめられた決意」で動く国民だ、
そしておそろしく単純だ、
――ソビヱット即スターリン
――文学即ゴーリキイ
――プーシキン即オネーギン
――シャリアピン即蚤の歌さ、
物事を端し折つて
理解することにかけては天才さ、
「其他の条件」といふことを
無視する才能に恵まれてゐる。
5
わしの旦那シャリアピンは
なるほど声楽王にちがひない