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TORENDIA

紙幣

本文約4,200字 ・ 読了時間 約9分

あらすじ(AIが作成しました)

詩人が紙幣という存在を巡り、その性質と社会への影響を綴る。紙幣は富裕層の元から常に消え去り、貧しい者の元には巡ってこない。金銭を蓄えることに執着する老婆の滑稽な執念や、銀行員が謎の「旦那さま」を待つ異常な予行演習を描く。古札が焼却される儀式の中で舞い上がる煙は、この社会における金銭の儚さと醜悪な実態を象徴する。紙幣を灰にしてもなお所有権に拘る権力者の姿勢を通じ、金銭に支配された現代社会の歪みを映し出す。

小熊秀雄

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🎧 紙幣 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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紙幣よ、

貴様のためにこの私の詩人が

歌ふのを光栄と思へ、

だが貴様はいふだらう、

――何を生意気な貧乏詩人め、

イノシシとは一体

十円札か百円札か知つてゐるか

さういはれてみると一寸胴忘れした

然しそんなことが何の恥辱だらう、

紙幣の図柄をゆつくり

見て居る暇もない程に

貴様はいつも私の右から入つて左へ抜ける

まるで駈足だ。

もし私がブルジョアならば、

お前にもつと親切だらう、

図柄もとつくり見ようし、

一枚一枚アイロンをかけて皺をのばさう、

お前は時代の寵児

お前は向ふところ敵なしだ、

札束で頬ぺたを殴られると

いかに謹厳なる将軍も

莞爾と笑ふ

そして将軍らしく胸を張つて

おもむろに鬚をひねつて

札に向つて言ふ

――うむ、うむ、御苦労じやつたのう、

何が御苦労だ、

凱旋兵か、帰還兵か、斥候かを

迎へるやうに気嫌がよい、

出て行つたものは帰つてくるのが、

当然だといふ態度だ、

あゝ、だが私の詩人のところから

とびだした紙幣の斥候兵は

ただの一度だつて帰つてきたためしがない、

将軍が札束を前にして

やにさがつてゐる間に

戦況は刻々と変化し逆転してゐる、

夫人はデパートの電話をかける

すると自動車が玄関に現はれ

中から飛び出したものは

価格一千円の銀狐だ

夫人は狐を首に巻いて

姿見に立つてみると

狐の顔はにこやかに笑つてゐるやうに見える、

だが事実は反対なのだ、

狐の表情は笑つてゐるのではない、

夫人は狐の硝子製の一見生きたやうに

見える死んでゐる眼を怖れなかつた、

だが狐は夫人の胸元を

爪をもつて蹴りあげながら

――うらめしい

うらめしい

鉄砲がうらめしい、

猟師は[#「猟師は」はママ]妻の毛皮の襟巻のために

イノシシの図案のついた札を数へて渡した、

一匹の生きた豚が

紙のイノシシを払つて

一匹の死んだ狐を買つた

紙幣は獣類の世界では

このやうに有効に使はれ

真実の貧しい人間の世界には

てんで廻つてこないのだ、

生きた人間よ、貧しい友よ、

紙幣が紙だといふことを

もつととつくり考へて見る必要があらう、

一枚の紙へはノミノスクネやイノシシが刷られ

一枚の紙は彼女が売娼窟で

貞操を売つた後を*ふのだ――、

一枚のイノシシは優に十人の

娘の貞操を買ふことができる、

一枚のイノシシは優に一人の

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