反逆の呂律
本文約5,900字 ・ 読了時間 約12分
あらすじ(AIが作成しました)
服役を終えた仙吉は、幼い娘ウメ子を連れて故郷の村を追われ、O市へ移り住む。前科者として社会の底辺で職を転々とする中で、仙吉は地主や警察への反発心を募らせ、やがて労働組合のストライキで先頭に立つ。しかし運動が組織化・理論化されると、仙吉は旧弊な立場へ後退していく。一方、成長したウメ子は自ら労働運動に身を投じ、父が蒔いた反逆の精神を継承していく。父娘の間に生じる思想的な断絶と、娘が警察に連行される緊迫の瞬間を描く。
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囚衣を脱ぐ。しかし、着るものがなかつた。連れて来られた時は木綿縞の袷だつた。八月の炎天の下をそれでは歩けないだらう。考へて襦袢一枚になつた。履きものには三銭の藁草履を買つた。
仙吉はかうして午前五時、S監獄の小門から出た。癪なので振りかへらずに歩いて行つた。畠と畠との間の白い道がステーションまで続いてゐる。彼のうしろで次第に高いコンクリートの塀を持つた監獄が遠くなつた。
汽車に乗るまでには時間があつた。三ヶ月の服役の報酬としての四円十銭のうちから、駅前で大福餅を食つた。昨夜のらしく、餡は饐えてゐた。だが彼は頬を盛に動かし、茶をのんでは、咽喉骨をゴクリゴクリとさせた。
汽車を下りてから、村まではなかなか遠い。夕方の燈が点く。稲の葉の香が際立つて鼻をついて来た。野良帰りには不思議に逢はなかつた。唐もろこしに囲まれた姪の家まで来た。背後の山はもう真黒に暮れてゐた。
姪の家では縁側で彼の娘のウメ子が泣いてゐた。部屋の中の黄色い電燈を逆に受けて、ウメ子はミジメに見られた。ケチン坊の姪の扱ひ方が想はれた。仙吉はトツサに提げて来た袷を投げて、娘を片手で抱いた。びつくりして、もつと泣き出した。
夜更けるまで、姪夫婦と諍つた。姪は養育費を一円五十銭よこせと、云つた。仙吉はアホコケと云つた。一ヶ月三十銭にしても、一円もかかるまい、とどなつた。そして脂臭い一円札を投げた。姪はそれを拾つて、いつも腹にくくりつけてある胴巻の中にしまひこんだ。
朝になれば如何しよう。仙吉にはもう耕す土地はなかつた。小屋もとりあげられた。村の旦那と争ふものは、いつも、このやうな結果になるのだ。村に居られないものは、O市に出るよりしかたがなかつた。都会へは四方からいろんな人が集つて来る。そして、仙吉の考へに従へば、「栄エウに暮せるのだ」何をコセコセした村でなんかくすぼつてることがあらうぞ。
朝になつた。仙吉は去年のまま洗つてないので、黄色くなつてゐる浴衣を着た。その上に、黒帯でウメ子を背負つた。
「一生、こんな村には帰つて来んぞ」
姪はかまどの煙の中から、どなり返した。
「さつさと失せろ! 顔見るのもイヤぢや」