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TORENDIA

大凶の籤

本文約14,100字 ・ 読了時間 約29分

あらすじ(AIが作成しました)

浅草の貧民窟で暮らす神経質な「私」は、かつて政治家の息子と自称する肺を病んだ男に出会う。男は高等乞食と称し、身なりを整え政治家や実業家から金をせびる手法で生活していた。除夜の鐘が鳴る中、二人は狐を用いたおみくじで来年の運勢を占う。しかし、本来凶が入っていないはずのおみくじから大凶を引き当てたことで、占い師は動揺し、理不尽に激昂して私を罵る。生活の軌道から外れ放浪を繰り返す私の不穏な日常と、奇妙な出来事を描く。

武田麟太郎

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どんな粗末なものでも、仕立下しの着物で町を歩いてゐて、時ならぬ雨に出逢ふ位、はかないばかり憂欝なものはない。いや、私の神経質は、ちよつと汗をかくのにも、ざらざらと砂埃を含んだ風に吹きつけられるのにも、あるひはまた乗物や他家の座席の不潔さにも、やり切れない嫌悪の情を起させるほどである。ある夏の日、私は浅草に近い貧民窟で、――そこで知合になつた男について、物語らうとするのがこの小説であるが、――狭つ苦しい裏町のトタン屋根の傾いた一軒で、半裸体の男が、どう見ても芸者の出の着物らしい華美で豪奢なものを縫つてゐるのを目撃してぞつとしたことがある。その座敷着の品質や柄模様を詳しく述べるだけ私に和服の知識がないのは残念だが、とにかく、裾を引いた艶やかな女の肢体や脂粉の香さへも一瞬に聯想される不思議な色気を持つた仕立物が、恐らく指先から流れる汗も褐色ではないかと考へられるやうな垢黒い男の手にかかり、べとべと光つてゐるその股や腕に無造作に置かれてゐた。私は、ある一種の皮肉な気持よりも、たまらない感じに襲はれて、視線を逸らしたものだ。自分の知らない間に、かうしてどれだけ他人の汗や垢のしみをつけられてゐるのか分らないのだから、自分だけが潔癖がつてゐても仕方なからうと思ふこともあるが、それでもやはり、着はじめた当座は、一切の汚れを避けたいと、誇張して云へば、小心にも戦々兢々としてゐる。

だが、それが、……それもほんのはじめのうちだけである。暫く着古して、自然と垢づいて来ると、もうかまつたものではない。雨に濡れようと、泥水がはねかからうと、どす黒く足跡のついた畳の上へ、そのままごろ寝しても、まるで気に病まなくなるのだ。自分でもをかしい位の変化である。

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