「香水の表情」に就いて
本文約6,400字 ・ 読了時間 約13分
あらすじ(AIが作成しました)
初夏の香水の選び方を論じる。香水の「表情」とは、香りが織りなす夢幻的な感情の展開を指す。この表情を理解するには、静寂や独りといった環境で試香し、自身の感性を研ぎ澄ますことが重要である。また、香水が放つ速度感や音響感といった感覚を自身の精神や肉体のリズムと照らし合わせ、服装や装身具との調和を考慮しつつ選択すべきである。自然香料と人工香料の特性の違いにも触れ、香水と真に向き合うための感性の育成を説く。
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ライオン歯磨本舗・広告部 悪の華
一
季節は移つてきて、香水の欲しい初夏となつた。シヨウ・ヰンドウにも、美しい香水の瓶や、香水吹きが列べられる。デパートの香水売場で、若い婦人だちの香水撰択の情景が繁くなる。
けれど、香水の複雑した表情に就いては、割合に無関心であるらしい。香水の表情とは、香水の良否の見分け方以外のことです。香気のもつれに出る細かい幻想の糸の織り成す感情の展開のことです。例へば、五月の表情を持つ香水もあり、六月の表情を持つものもあり、又は月光の表情を持つものもあり、霧の明方の表情を持つのもある。または、十七歳の少女の表情、廿歳の青年の表情、街の妖婦の表情、微風の表情、求愛の表情、青き夢の表情、水の流れの表情、森林の真昼の表情、処女の肌の表情、蛇の眼の表情、海のさざなみの表情、輝く指の表情、風にゆらぐ牡丹の表情、草間にかくれる苔花の表情、アメチストの表情、ゴールドン・サフアイヤの表情、ヂルコンの表情等数へきれないほどである。
例へば、坊間行はれてゐるロジアアの赤箱などは、さしづめ、散りかかつた紅薔薇のやうな甘い媚の表情を持つてゐる。だから、この香水には、すこしばかりの濁りがある。清澄さは無い。けれど、この表情を理解して用ゐれば申分ない。
香水も、英国製、米国製などは、何といつても、フランス製品には及ばない。何故及ばないかといふに、この表情美の線が甚だ以て粗いからだ。フランス製の香水の表情の線を処女のうぶ毛とすれば、その他の外国製品は、極細の絹糸ぐらゐのものだ。寧ろ国産品の香水に、なかなか良い品があるのは喜ばしいことだ。
フランス製品は、あるか無しかの、おぼろげなさを特長としてゐる。それほど迄に、リフアインされてゐるのだ。その表情の線を掴まうとしても、掴めないほどの柔かさを具へてゐるのだ。さはらうとすれば、逃げてゆくやうに思はれる頼りなさのところに評価しても評価しきれない貴重さが存する。
コテイーの香水のロリガン・エメロード巴里なども、この表情を巧につくりあげてある。