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TORENDIA

都会の類人猿

本文約23,000字 ・ 読了時間 約47分

あらすじ(AIが作成しました)

1926年2月、米国サンフランシスコで独身の老婆が貸間を募る広告を出したのち、絞殺体となって発見される事件が起こる。同様の手口で加州や各地の大都会で老婆が相次いで惨殺され、警察は同一犯による連続殺人として捜査を進める。新聞は犯人を「闇黒の絞殺者」と呼びセンセーショナルに報じる。やがてネルスンと名乗る男が容疑者として浮上し、裁判にかけられる。犯行は執拗かつ異常な性衝動を背景とし、都市の群衆の中に潜む犯人の正体が明らかになる。

牧逸馬

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一九二六年二月十四日に、桑港サタア街一一三七番居住の Miss Clara Newman という六十三歳になる独身の老婆が、表て通りの窓に、「貸間あり」の紙札を出した。

これは、亜米利加の都市の素人家町を歩いていると、よく見かける看板で、一尺四方程の厚紙に綺麗に“Room to Let”と書いたのを、正面の応接間などの、往来から眼に付き易い窓硝子の内側へ立て掛けて置くのだ。すると、貸間探しの通行人が、それを見て、玄関の鈴を押す。主婦か娘が応対に出て、部屋を見せるために、直ちに其の何処の何者とも知れない男を二階なり三階なりの奥まった個処へ案内する。客は、アメリカで間借りをしようという位いだから、学生、労働者、下層店員、外国人などの、比較的社会的責任の稀薄な、言わば風来坊が多い。日中である。家の主人は勤めに出ていない。のみならず、他人を置いて幾らかの足しにする家だ。未亡人か何かで女許りのところが尠くない。こう考えて来ると、この、「貸間あり」の札で通行人を呼び込む習慣には、早晩或る種の犯罪を助長しなければならない、充分な危険性を約束するものがあったと言わざるを得ない。

クララ・ニュウマンの絞殺死体が、姪によって同家屋根裏の便所で発見されたのは、貸間ありの札を出してから六日目の、二月二十日の夕方だった。同女は、手をもって頚部を扼殺され、便器の水中に顔を突っ込んで死んでいて、しかも明白に暴行を受けていた。この、六十三歳の老婆を暴行致死せしめた事実から観て、検視に立会った係官一同は、犯人は変態性慾者に相違ないという当然の意見に一致したのだった。

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