TRENDIA CLASSIC

京鹿子娘道成寺

酒井嘉七

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筆者が、最近、入手した古書に、「娘道成寺殺人事件」なるものがある。

記された事件の内容は、絢爛たる歌舞伎の舞台に、『京鹿子娘道成寺』の所作事を演じつつある名代役者が、蛇体に変じるため、造りものの鐘にはいったまま、無人の内部で、何者かのために殺害され、第一人称にて記された人物が、情況、及び物的証拠によって、犯人を推理する――というのである。

記述の方法は、うら若き、長唄の稽古人なる娘の叙述せる形式を用いているが、その口述的な説話体は、簡明な近代文章に慣らされた自分達には、あまりにも冗長に過ぎる感じを抱かしめる。

書の体裁は、五六十枚の美濃紙を半折し、右端を唄本のように、綴り合せたもので、表紙から内容に至るまで、全部、毛筆にて手記されている。

表紙の中央には、清元の唄本でもあるかのように、太筆で「娘道成寺殺人事件」と記されてあり、左下隅には、作者、口述者、又は、筆記者の姓名でもあろうか、「嵯峨かづ女」なる文字が、遠慮がちに、小さく記されている。

書の全体は、甚だしく、変色し、処々は紙魚にさえ食まれている。従って、相当の年代を経たものと観察される。が、この一点に留意して、仔細に点検するとき、その古代味に、一抹の不自然さが漂う。――かくの如き疑問及び古典的ともいうべき取材にも拘らず、記述方法に、幾分の近代的感覚が察知しられること――その上、故意になされたと推定し得るほどにも、明白な時代錯誤場所錯誤、及びある程度の矛盾が、敢てなされていること、等を合せ考えるとき、この書物それ自体が、ある意味で、探偵小説味を有しているのではあるまいか、とも感じられる。――即ち、大正、または、昭和年間の、好事家探偵小説作家が、彼のものせる作品の発表にあたり、かくの如き「古書」の形態を装い、同好者の何人かに入手されんことを、密かに、望んでいた……と。

筆者は、右の事情を前書きすることに依って、この「娘道成寺殺人事件」の紹介を終り、姓名不詳の作者が希望していたであろう通りに、その全文を探偵小説愛好者諸氏の御批判に捧げる。

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