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TORENDIA

散歩生活

本文約3,100字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

浅草のカフエーから始まり銀座の夜店を歩き西荻窪の自室へと帰る詩人の日常を綴る。女房と別れ一人で暮らす主人公は、街で知人と出会い、夜の道で恋人たちを目撃し、自身が抱く空虚感や生き方について想いを巡らせる。世の中の批評や学問に対する違和感を抱えながらも、月を眺め、酒を嗜み、小さな生活を営む。日常の些細な営みと自らの内面的な葛藤を、散歩という行為を通じて描く随筆。

中原中也

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🎧 散歩生活 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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「女房でも貰つて、はやくシヤツキリしろよ、シヤツキリ」と、従兄みたいな奴が従弟みたいな奴に、浅草のと或るカフエーで言つてゐた。そいつらは私の卓子のぢき傍で、生ビール一杯を三十分もかけて飲んでゐた。私は御酒を飲んでゐた。好い気持であつた。話相手が欲しくもある一方、ゐないこそよいのでもあつた。

其処を出ると、月がよかつた。電車や人や店屋の上を、雲に這入つたり出たりして、涼しさうに、お月様は流れてゐた。そよ風が吹いて来ると、私は胸一杯呼吸するのであつた。「なるほどなア、シヤツキリしろよ、シヤツキリ――かア」

私も女房に別れてより茲に五年、また欲しくなることもあるが、しかし女房がゐれば、こんなに呑気に暮すことは六ヶ敷からうと思ふと、優柔不断になつてしまふ。

それから銀座で、また少し飲んで、ドロンとした目付をして、夜店の前を歩いて行つた。四角い建物の上を月は、やつぱり人間の仲間のやうに流れてゐた。

初夏なんだ。みんな着物が軽くなつたので、心まで軽くなつてゐる。テカ/\した靴屋の店や、ヤケに澄ました洋品店や、玩具屋や、男性美や、――なんで此の世が忘らりよか。

「やア――」といつて私はお辞儀をした。日本が好きで遥々独乙から、やつて来てペン画を描いてる、フリードリッヒ・グライルといふのがやつて来たからだ。

「イカガーデス」にこ/\してゐる。顳をキリモミにしてゐる。今日は綺麗な洋服を着てゐる。ステツキを持つてる。

「たびたびどうも、複製をお送り下すつて難有う」

「地霊…………アスタ・ニールズン」彼はニールズンを好きで、数枚その肖顔を描いてる男である。私の顔をジロ/\みながら、一緒に散歩したものか、どうかと考へてゐる。彼も淋しさうである。沁むやうに笑つてゐる。

「アスタ・ニールズン!」

私一人の住居のある、西荻窪に来てみると、まるで店灯がトラホームのやうに見える。水菓子屋が鼻風邪でも引いたやうに見える。入口の暗いカフヱーの、中から唄が聞こえてゐる。それからもう直ぐ畑道だ、蛙が鳴いてゐる。ゴーツと鳴つて、電車がトラホームのやうに走つてゆく。月は高く、やつぱり流れてゐる。

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