かもじの美術家
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あらすじ(AIが作成しました)
オリョール劇場の女優リュボーフィ・オニーシモヴナは、かつて仕えた農奴の仲間アルカージイについて語る。カミョンスキイ伯爵の下で女優たちの化粧や結髪を担当したアルカージイは、顔に自在な表情を与える卓越した技術を持つ美術家であった。厳しい境遇のなかで二人は協力し合い、伯爵の魔の手から逃れるための奔走を繰り広げる。過酷な体験の記憶を抱える彼女は、酒の力を借りてかつての仲間の面影を追い、静かに追善供養を続ける。
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一八六一年二月十九日なる農奴解放
の佳き日の聖なる記念に
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かれらの魂は至福のうちに休らう。 ――埋葬の歌――
わが国で「美術家」といえば、まずきまって画家や彫刻家のことで、それもアカデミーからこの称号を認可された連中にかぎるというのが、通り相場になっている。ほかの手合いは、てんで美術家あつかいにされないのだ。サージコフやオフチンニコフのような名工でも、多くの人の目には単なる「銀細工師」にすぎない。ところが、よその国になると話がちがう。ハイネの囘想記のなかには、「美術家であり」「一家の見を具えて」いた仕立屋のことが出てくるし、ヴォルトの手がけた婦人服は、今日なお「美術品」として通っているのである。そのうちの一着の如きはつい最近も、「無辺無量の幻想が胴の一点に凝っている」と評してあった。
アメリカになると、美術の領域は更に一そう広く解されている。有名なアメリカの作家ブレット・ハートの物語るところによると、あちらでは「死人に化粧をする」「美術家」がいて、たいそうな人気だったそうである。その男は、亡者の顔に色々さまざまな「慰めある表情」をあたえて、その飛び去った魂の幸福な状態の多寡深浅を、あらわすことに妙を得ていたのだ。
この化粧法には幾つかの等級があったが、わたしは次の三つを覚えている。(一)安楽。(二)高められし観想。(三)神とじかに物語る至福。この美術家の名声は、その絶妙な伎倆にふさったもので、つまり大した評判だったわけだが、気の毒なことにこの美術家は、芸術的創作の自由を尊重しない粗野な群衆の犠牲になって、身をほろぼしてしまった。石責めにあって殺されたのだったが、それというのも彼が、町じゅうの人の膏血をしぼり上げたイカサマ銀行家の死顔に、「神と物語る至福の表情」を与えたからであった。そのイカサマ師のおかげで幸福になった遺族たちは、そんな註文を出して故人への感謝の念をあらわそうとしたのだが、その註文の芸術的執行人にとっては、それが死に値いしたというわけである。……
これと全く同じ非凡な芸術家の部類にぞくする名人が、実はわがロシヤにもいた。