TRENDIA CLASSIC

小酒井不木氏の思い出

国枝史郎

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小酒井不木さんが逝去された。哀悼にたえない。氏が医学界と探偵小説界に尽くされた功績の数々については、世人は大方知悉していられることと思われる。

ここでは主として氏が日常のことと執筆態度などについて書くことにする。

氏の義理堅さは有名なもので、原稿など依頼を受け、引き受けられるや、枚数期日など極めて正確で殆ど編集者に迷惑をかけたことなどはなかった。いつも編集者に安心を与えていられた。これは医者が患者に安心を与えて、その心を喜ばせるという、あの心理から来ている。

会合などのあった場合に、時間通りといいたいが、時間より早く来られるのが氏の特色であった。

学者ぶらないばかりか、学者あつかいにされることを嫌って、そういう話を持ちかけると、いつも上手に、何んとなく別の方へ話を持って行かれた。

手紙をよく書かれたのも有名で、氏へ手紙を出して、その返辞を貰わなかった人は殆どあるまい。時々返辞が遅れたり溜ったりされた時は、病体を押してわざわざ出かけて来られ「手紙を取りっぱなしにして済みません、それで参りましたよ」などと軽い調子でいわれて、愉快そうに話して行かれた。

そのように几帳面であったので、時々微笑させられるようなことがあった。此方でハガキを差し上げるとハガキで返辞をされ、こっちで封書を差し上げると封書で返辞をされ、こっちで此方の町名番地姓名を印刷ズリのもので差し上げると、氏もそうしたもので返辞をされ、こっちで、侍史と書けば氏も侍史と書いて来られ、硯北と書いて差し上げると硯北と書いてよこされた。驚くべき対等さであり、驚くべき他人感情顧慮さであった。で、つい微笑してしまう。

氏は決して人や人の作を悪口しなかった人であった。患者に対して医者が「悪いよ」というと必ず患者は不快の心持を起こす。だから「悪いよ」ということをいってはいけないという――あの医者としての心掛から来ているものと思われる。

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