この捕り縄は
ポンと右手がふところへはいり、同時に左手がヒョイとあがった。とたんに袖口から一条の捕り縄、スルスルと宙へ流れ出た。それがギリギリと巻きつこうとした時、虚無僧は尺八をさっと振った。パチッと物音を立てたのは、捕り縄がはねられたに相違ない。がその時はその捕り縄、ちゃアんとふところへ手ぐられていた。
東海道の真っ昼間、時は六月孟夏の頃、あんまり熱いので人通りがない。ただ一人の虚無僧と、道中師めいた小男とが、相前後して行くばかりだ。
と同じ事が行われた。つと駆け抜けた道中師、ポンと右手をふところへ入れ、ヒョイと左の手を上げた。その袖口から一条の捕り縄、スルスルと出てキリキリキリ、虚無僧へ巻きつこうとするのであるが、やっぱりいけない。さっと払う尺八につれて、グンニャリとなる。がその時には捕り縄は、袖口からふところへ手ぐられていた。
眼にも止まらぬ早業である。たとえ旅人が通っても、感づくことは出来なかったろう。だがいったいどうしたのだろう? 捕り物にしては緩慢に過ぎ、遊戯にしてはいたずらに過ぎる。
なんの変わったこともなく、虚無僧は悠然と歩いて行く。道中師にも変化はない。
鈴ヶ森まで来た時である。ふいに道中師が横へそれた。後から続いて虚無僧が行く。耕地があって野があって、こんもりした森が立っていた。手拭いを出してバタバタバタ、切り株を払った道中師。
「おかけなすって、一休み」
虚無僧腰かけて天蓋を取った。と、すばらしい美青年。富士額で、細い眉、おんもりとした高い鼻、ちょっと酷薄ではあるまいか? 思い切って薄い大型の口、だが何より特色的なのは、一見黒くよく見ればみどり、キラキラ光るひとみである。手に余るほどの大量の髪、これは文字通り漆黒で、それを無造作にたばねている。肌の白さなめらかさ、青味を帯びないのはどうしたのだろう?
「熱いねえ、ずくずくだよ」
いいながらグイと胸をあけた。あっ! 張り切った二個の乳房、胸もといっぱいにもり上がっている。まさしく変装した女である。
「忠公のばかめ、呆れもしない。なんと思っての悪ふざけだい」