TRENDIA CLASSIC

所謂今度の事

石川啄木

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(一)

二三日前の事である。途で渇を覺えてとあるビイヤホオルに入ると、窓側の小さい卓を圍んで語つてゐる三人連の紳士が有つた。私が入つて行くと三人は等しく口を噤んで顏を上げた。見知らぬ人達で有る。私は私の勝手な場所を見付けて、煙草に火を點け、口を濕し、そして新聞を取上げた。外に相客といふものは無かつた。

やがて彼等は復語り出した。それは「今度の事」に就いてゞ有つた。今度の事の何たるかは固り私の知らぬ所、又知らうとする氣も初めは無かつた。すると、不圖手にしてゐる夕刊の或一處に停まつた儘、私の眼は動かなくなつた。「今度の事は然し警察で早く探知したから可かつたさ。燒討とか赤旗位ならまだ可いが、彼樣な事を實行されちやそれこそ物騷極まるからねえ。」さう言ふ言葉が私の耳に入つて來た。「僕は變な事を聞いたよ。首無事件や五人殺しで警察が去年から散々味噌を付けてるもんだから、今度の事はそれ程でも無いのを態と彼樣に新聞で吹聽させたんだつて噂も有るぜ。」さう言ふ言葉も聞えた。「然し僕等は安心して可なりだね。今度のやうな事がいくら出て來たつて、殺される當人が僕等で無いだけは確かだよ。」さう言つて笑ふ聲も聞えた。私は身體中を耳にした。――今度の事有つて以來、私はそれに就いての批評を日本人の口から聞くことを、或特別の興味を有つて待つてゐた。今三人の紳士の取交してゐる會話は即ちそれで有る。――今度の事と言ふのは、實に、近頃幸徳等一味の無政府主義者が企てた爆烈彈事件の事だつたのである。

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