TORENDIA
途上
嘉村礒多
TORENDIA
途上
本文約25,300字 ・ 読了時間 約51分
あらすじ(AIが作成しました)
山奥からY町の中学へ進学し寄宿舎生活を送る少年は、慣れない環境や室長からのいじめ、家庭の経済的困窮といった苦悩の多い日々を過ごす。かつて父と歩いた松林の風景やその時の情景を心の拠り所としながら、自身の内面にある弱さや過去との対峙、そして成長の過程を描く。大人になった後も、別れた先妻への断ち切れない想いや過去の記憶が交錯する中で、青年が精神的な孤独と向き合う姿を綴る作品。
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六里の山道を歩きながら、いくら歩いても渚の尽きない細長い池が、赤い肌の老松の林つゞきの中から見え隠れする途上、梢の高い歌ひ声を聞いたりして、日暮れ時分に父と私とはY町に着いた。其晩は場末の安宿に泊り翌日父は私をY中学の入学式につれて行き、そして我子を寄宿舎に托して置くと、直ぐ村へ帰つて行つた。別れ際に父は、舎費を三ヶ月分納めたので、先刻渡した小遣銭を半分ほどこつちに寄越せ、宿屋の払ひが不足するからと言つた。私は胸を熱くして紐で帯に結びつけた蝦蟇口を懐から取出し、幾箇かの銀貨を父の手の腹にのせた。父の眼には涙はなかつたが、声は潤んでゐてものが言へないので、私は勇気を鼓して「お父う、用心なさんせ、左様なら」と言つた。眼顔で頷いて父は廊下の曲り角まで行くと、も一度振り返つてぢつと私を見た。
「おい君、君は汁の実の掬ひやうが多いぞ」
と、晩飯の食堂で室長に私は叱られて、お椀と杓子とを持つたまゝ、耳朶まで赧くなつた顔を伏せた。